「プロミシング・ヤング・ウーマン」を観た。今年観た映画の中で一番面白かった。感想をだらだらと書いていこうと思う(ネタバレ注意)。
<あらすじ>
主人公・キャシーは30歳、実家暮らしの女性。もともと医大に通っていたが中退し、安っぽいコーヒーチェーンでアルバイトを続けている。そんな彼女は夜ごとにクラブで「泥酔したふり」をして男に持ち帰られ、相手から性的同意なくセックスを進められそうになると、その瞬間に制裁を下すのを日課にしており……。
ネタバレもありでもう少し踏み込んであらすじ説明すると、キャシーには幼なじみの親友・ニーナがいた。キャシーとニーナは2人とも優秀だったため、一緒に同じ医大に通っていた。大学時代、とあるパーティーで泥酔してしまったニーナは同期の男たちにレイプされ、あろうことかその一部始終を録画したビデオを大学の仲間たちにばらまかれてしまう。それをきっかけにニーナは自死を選び、残されたキャシーもメンタルに不調をきたして医大を退学。以来、キャシーは実家暮らしをしつつカフェでバイトする生活をし、バーで引っかけた(?)男たちに制裁を下す日課を始めることになる。
ある日キャシーは、ひょんなことから親友・ニーナをレイプした張本人が結婚するという噂を聞きつける。「バチェラーパーティー」(独身最後の日に行うパーティー)が開かれるというので、その場に単身で乗り込み復讐をしようと試みるが……というのが、大まかなストーリーだ。
2021年に公開された映画で、劇中でキャシーは30歳の女性として描かれている。つまり自分と同い年なので、国の違いはあれど共有してきた文化や時間はある程度トレースして理解しやすい。同世代だからこそ「こう来たか!」と、ハッとする場面が多い映画だった。
まずこのキャシーという女、パッと見たときに違和感がある。(これは自分がアジア人だからというのも理由の一つかもしれないが)30歳にしては老けて見えるのにもかかわらず、キャシーはまるでティーンの女子が着るようなカラフルなシャツや、パステルカラーのワンピース、花柄やフリルのあしらわれた服装をしている。「いや、フェミニンな服装が好きってだけじゃないの?」とツッコまれるかもしれないが、老け顔の30歳がまるで「ハンナ・モンタナ」のマイリー・サイラスのような服装をしているので、一瞬「ん?」と思ってしまうのだ。こればかりは実際に映像を観てもらうのが早いと思う。
もしかしたら若い世代の人(あるいはもっと年上世代の人)が観れば「カラフルな服でかわいいね」程度なのかもしれないが、90年代前半生まれからすると「ああいう服、子どもの頃に流行ってたよな……」「当時のティーン向け海外ドラマみたいだな……」という、よく言えば00年代カルチャー満載の古臭いポップさがどうしても目についてしまう。00年代の女児が好んでいた独特の“あの頃感”があるテイストというか、とにかく30歳前後の人が見れば「ああ……」となるような感覚だ。
キャシーの服装について「大学時代に親友がレイプされ、自死を選んだのを目の当たりにしたトラウマを抱えているから、時が20歳前後で止まってしまっているのがファッションセンスに表れている」と評する映画評論家もいた。
確かに一理あると思うのだが、自分はもっと作為的なものを感じた。キャシーはクラブに行くときは「会社帰り風のスーツ姿」や「いかにもクラブ大好きっぽいキム・カーダシアン風ドレス」などをカメレオンのように身にまとい、劇中で出身大学の理事に会いに行く際にはそれなりにフォーマルな服装を着ていけるので、服装に関してはTPOをわきまえるだけのセンスや常識がある。「トラウマで時が止まってしまっている人」なら、「わきまえた服装をするべき」ときにも独自のセンスがにじみ出てしまい、「なんかヤバくない? この人……」的な雰囲気になりそうだが、彼女の場合はそこがない。おそらく意図的に00年代のガールズパワーを感じさせるファッションを選んでいると思うのだが、「意図」していてもそれが評論家が話すような「トラウマに起因する過去への執着・固執」なのか、自分の考えるように「エンパワメントとしてわざと選んでいる」のかは、受け取り手の解釈にゆだねられているのかもしれない。
劇中歌も「これは憎い!」と思わせるものがあった。劇中ではキャシーが大学時代の同期の男性と再会し、なんとなくデートを重ねるようになって、過去のトラウマが薄れて少しずつ未来に踏み出せるようになっていく……という恋愛パートがあるのだが、そこでパリス・ヒルトンの「Stars Are Blind」がBGMとして使われていた。
「Stars Are Blind」は、パリス・ヒルトンが2006年にリリースしたアルバム「Paris」のリードシングルだ。「そもそもCD出してたの?」「パリスって歌手なの?」と思う人も多いと思うが、順を追って説明させてほしい。
そもそも「なんとなくキラキラした海外セレブということは知ってるけど、何やってる人なのか実体がよく分からない人」部門ランキングぶっちぎりの1位であるパリス・ヒルトン。世界的ホテルチェーンであるヒルトンホテル創立者のひ孫という生まれながらのセレブリティの彼女は、10代の頃からモデルとして芸能活動を開始した。
パーティー好きで社交界によく顔を出していたことから、ナイトライフ関係のそうした界隈ではすでに有名人だったが、リアリティーショー「シンプルライフ」に出演したことから人気が爆発。
「シンプルライフ」は、ざっくり説明すれば「生まれながらにしてセレブの女の子が、アメリカの片田舎の家にホームステイしたらどうなる?」という検証系バラエティー番組で、パリスは番組内で「ウインナーの焼き方を知らないからアイロンを使って焼く」「『ウォールマート』(アメリカのチェーンスーパー)を知っているかと聞かれて『壁を売ってるんじゃない?』と答える」など突飛な行動を繰り返し、おバカ系タレント・お騒がせセレブ的な人気を博していった。
※「シンプルライフ」は2003年~2007年にかけて放送されていた。
こんな感じでパリスが人気になっていった最中に発売されたのがアルバム「Paris」で、要は「おバカタレントがノリでCD出しちゃいました」的なものだった。サウンド制作陣にはグラミーにノミネートされたメンバーがついているので、曲自体ある程度は「そこそこ聴ける」ものではあるし、当時は彼女自身が何をしても話題になるという背景があったため、ビルボードでは最高6位を記録するなどセールス的にも成功しているのだが、歌手としての正当な評価を得ての結果かと言われると……という感じだ。当時読んでいたゴシップ誌でも、「お騒がせセレブが今度は歌手デビューだって」「生歌は超オンチ! オートチューニングしすぎ!」的な評価ばかりだったと思う。
そんな「何も考えてない、パーティー大好きなお騒がせセレブ」のパリスだが、2020年に「モデルとしてデビューする前の寄宿学校時代、教師たちから虐待を受けていた」と告白し、話題になった。精神的暴力はもちろん、窒息する寸前まで首を絞められるなど、肉体的な暴力を日常的に受け、メンタルヘルスに不調をきたしたと自身のドキュメンタリーで語っている。
話を「プロミシング・ヤング・ウーマン」に戻すが、当時は「おバカなお騒がせセレブ」として消費されていたが、実は虐待を受けメンタルに問題を抱えていた(と、今になって発覚した)パリスの曲が使われていた。これは本当に憎い演出だと思う。
BGMで言えば、最後にキャシーがバチェラーパーティーで親友・ニーナを犯した張本人に制裁を下そうとするシーンで、ブリトニー・スピアーズの「TOXIC」のアレンジ版が使われている。
最近ドキュメンタリー映画にもなったので、ブリトニーもめちゃくちゃ売れていた00年代当時にメンタル不調を抱えていたことや、つい先日に至るまで長年実父からのDVに苦しんでいたことを知っている人も多いかと思う。00年代当時から彼女の精神状態を心配する声は上がっていたが、精神的に不安定になって突然パパラッチが見ている前で丸刈りにしてみたり、いきなりパパラッチに傘で殴り掛かったり、そうした行動を「奇行」「ブリトニーがまたやらかしました」と報じられて「お騒がせセレブ」として消費されていたのはパリスと同じだ。
劇中に登場する男性陣は、過去のレイプ事件について問い詰められても「若気の至りだ」「自分はいい人間だ」「あの当時はああいうのが普通だったんだ」と、自身を正当化して反省する素振りを見せない。誰だって自分のことは「いい人間」だと思いたいだろうし、自分の中の加害性や過去の過ちをそのまま「自分の罪」として認めるのは並大抵のことではない。
映画を観ていると「レイプなんて許せない」「キャシーは狂っているけれど、そうなる気持ちも分かる」とついキャシーに肩入れしてしまうが、「じゃあ2006年の当時、あなたはパリス・ヒルトンやブリトニー・スピアーズのことをどう思っていましたか? 彼女たちも当時虐待やメンタル不調に苦しんでいましたけれど、単なる『おバカセレブ』として消費していませんでしたか?」と、背中をぐさりと刺された気分になる。この映画は「酔ってたんだから彼女にも責任はあるでしょ」「若い頃にちょっとセックス関係でこじれることくらいあるでしょ。大げさに騒ぎすぎ」と、被害者叩きをする側にも銃口を向けてくるが、そうした経験がないその他大勢に向けても「あなたは本当に清廉潔白だと言えます?」と、揺さぶりをかけてくるのだ。
先ほど書いたキャシーのファッションにもかかってくると思うのだが、この映画は「00年代感」が一つのキーワードになっている。メインテーマである「性的加害と被害者叩き」だけでなく、「00年代、私たちはお騒がせセレブの奇行を『エンタメ』として消費してたけど、それって本当はどうなんだろうね? あなたも共犯じゃないですか?」という、問いかけが映画全体に通してちりばめられている。観ていて楽しい気分になる映画ではないが、一度立ち止まって過去(そして現在)の自分の価値観と向き合うときにはぴったりの映画だと思う。おすすめ。