イルミネーション

日曜日に友人とランチをして、解散した後に街をぶらぶらしていたら彼氏から「イルミネーション見に行かない?」とメッセージが入った。
彼氏は日曜日も仕事だったので、仕事帰りに駅で待ち合わせることになった。

一緒に暮らしていると、どこかで待ち合わせるということをしなくなるので新鮮だった。
待ち合わせ時間に間に合うように電車に乗り、駅で彼氏を待っていると間もなく仕事着姿のままの彼氏が改札から出てきた。
イルミネーション企画をしている公園は彼氏が生まれ育った街の駅が最寄りだそうで、「降りるの5年ぶりくらいかも。だいぶ駅も変わっちゃってる」と言っていた。

駅から公園まではほぼ一本道で、徒歩で15分くらいの道のり、彼氏は懐かしそうに「高校生の頃はあの定食屋によく行ってた」や「この道を使って高校まで通ってた」などと思い出話をしてくれた。
自分は子どもの頃の彼氏の姿を思い描きながら、風景の中に彼氏の幻影のようなものを投射して「うん、うん」と頷きつつ話を聞いていた。

公園全体をライトで彩ったイルミネーションは本当にきれいで、ややこぢんまりとしていたけれどもそれがかえって気取らない雰囲気を感じさせて良かった。
カップルや友人同士というよりは、来場客はほとんど家族連れだったのがこの街っぽいなとも思ったりした。

帰りには彼氏が地元にいたころによく友達と飲んでいたという居酒屋で焼き鳥と焼酎を楽しんで、ちょっとゲームセンターに寄り道をしてから帰ってきた。
たまには待ち合わせも悪くないなと思った1日だった。


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# by innocentl | 2017-12-11 12:15 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

クリスマス

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# by innocentl | 2017-12-05 11:16 | 日常 | Trackback | Comments(0)

夢を見た

実家から車で5分程度の場所に行ったところにあるショッピングモールに行く夢を見た。

2000年か2001年にできたショッピングモールで、当時としては珍しくシネマコンプレックスが入っていることで賑わっていた。
小学生の頃、ポケモンや千と千尋の神隠しの映画を友達と観に行った記憶がある。
夏の暑い日、涼しい店内に入った瞬間の冷気を体が覚えている。
ミスタードーナツやビアードパパの店でよく買い物をしていたっけ。

今はイオングループかイトーヨーカドーだかが買収して、看板を変えて営業しているらしいことを先日知った。
東京で暮らしていると、変わっていく街並みにはワクワクさせられることの方が多いが、地元となるとやはり喪失感の方が若干上回る。

今となっては親と一緒に買い物に行くのが案外楽しかったのだと思う。
それを伝える術もなくなってしまったが。

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# by innocentl | 2017-10-24 13:54 | 日常 | Trackback | Comments(0)

レザー

寒くなってきたのでレザージャケットをクローゼットから取り出したら、内側に白いカビが生えてしまっていた。
拭いて落とした後にクリーニングに持って行き、今週末に受け取りに行く。
カビを見た瞬間に「うわっ!」と思ってしまったのだが、もとはと言えば動物の死骸なのだからカビくらい生えて当然か。
そろそろ本格的に衣替えもしなければ。週末はちょっと忙しくなるかもな。

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# by innocentl | 2017-10-13 14:11 | 日常 | Trackback | Comments(0)

「カミングアウト」は本当に必要か

「自分はゲイである」とカミングアウトして生きることは本当に必要なのだろうか、と思う。
今現在自分は妹とごく親しい友人、仕事関係の数人にカミングアウトして生活している。
あとはクラブやイベントなどで知り合ったような、一期一会でもう会わなさそうな人にも特別ゲイだということは隠さずに接している。
職場などではそういった話題を振られることもこのご時世減ってきてはいるが、まぁ現実問題として生きやすい「異性愛者」を演じて生きる道を選んでいる。

アメリカやドイツで同性婚が合法化されたことを受け、今は日本でも「同性婚を合法化せよ」といった活動などが行われており、時代の変革のさなかにあると思う。
ただ、社会的な風潮やら教育レベルなどが現状のままで仮に日本で同性婚が合法化されたとしても、自分はしないと思う。

というのも、カミングアウトして生きるとなると、どうしてもゲイは「ゲイの人」という色眼鏡で見られがちになる。
異性愛者は「あの人は異性が好きな人」という色眼鏡で第一印象をジャッジされることなどないだろうが、ゲイをカミングアウトして生きるとなると良くも悪くも「ゲイである」ことが呪いのようにつきまとうのだ。

例えば自分は今、物を書く仕事をしている。
芸能記事や舞台・映画の記事、取材や企業インタビューなどの幅広い仕事を任されることが多いが、仮に仕事関係でゲイをカミングアウトするとなると、おそらくLGBT関連の仕事しか回されなくなる。
きっと周りの異性愛者たちも悪気があるわけではないと思うのだが、自分はゲイだとカミングアウトした瞬間に「ゲイ(という属性)だけしか持っているものがない人」に落とされてしまうのだ。

出身の県はどこだとか、大学で言語学を専攻していたとか、高校時代はあまり学校生活を楽しんでいなかったけれど大学時代はそこそこ楽しんでいたとか、作家なら金原ひとみが好きとか、親と確執があって失踪生活をしている末に恋人と同棲してなんとか生き長らえているとか、洋楽が好きでよく一人でクラブに行ってお酒を飲んで過ごすのが好きとか、飲みすぎて吐きながらゴミ捨て場で寝てしまうこともあるとか、猫よりは犬が好きとか、蛇を飼っているけれど別に道端で見るアオダイショウには魅力を感じないとか、何の予定もない休日は土手を散歩することで季節の移ろいを感じるのが好きとか、洋書を読むのが好きだったけど最近はめっきりやってないから英語力が落ちてるだろうなと思っているとか、最近宇多田ヒカルが完全復活して新譜もバンバン出ているからうれしいとか、7年前から使っているウォークマンをそろそろ買い換えたいと思っているけれどなかなか手放せないとか……

そうした自分の持っている「ゲイということ」以外の属性や人となり、「僕という人間そのもの」はもはや一切無視されて、「ゲイの人」というカテゴライズをされてしまう。
「記者会見記事が得意です」「企業インタビューも多く行ってきました」という仕事の実績すら無視されて、「ゲイ」ということだけが人々が持つ僕という属性データベースに上書きされてしまう。

そうしたことが面倒だし、仕事の幅が狭まるというリスクもあるので、自分はあえて「異性愛者」ということで仕事関係の人間関係をやり過ごしている。
「異性愛者」ということにしておけば無駄な詮索を受けることもないし、(異性愛者は異性愛者であるということが原因で仕事の幅が狭まるなどありえないのに)仕事の幅が狭まることもないし、何かにつけて僕という「人間」を無視して「ゲイの人」という見られ方をすることはない。

社会的にカミングアウトをして生きてLGBTの権利獲得のために頑張っている活動家の人々は素晴らしいと思う。
けれども、僕は全てのセクシャルマイノリティが自身のセクシャリティを公表して生きる必要はないと思っている。
前述したようにセクシャリティを公表することによって受ける差別や偏見、誤解などリスクを考えたら、異性愛者として生きていた方が無駄に神経をすり減らしたり葛藤する必要などないのだ。
要は「しなくてもいい苦労」はしたくない、と思っているだけだ。「異性愛者」はそんな苦労もせずに普通に生きているのだから、なんでわざわざゲイに生まれたというだけでそんな苦労を買って出なくてはならないのだ。普通に生きたいのだ。

同性婚の話に戻す。
僕は結婚自体には興味はある。配偶者控除だったり、入院や事故などの緊急時に連絡してもらえたり、どちらかが先立つときの葬儀の問題だったり、「家族」として保証されていれば色々とやりやすいことがたくさんある。
しかし、この記事で書いたようなことが自分の身に降りかかるのは面倒であるので「同性と結婚している」ということが誰が見てもわかる書類になってしまうのには抵抗がある。
そうした理由から僕は仮に同性婚が合法化されたとしても結婚しないという道を選ぶだろうし、今のところ社会的にカミングアウトして生きていくつもりはない。そういう話だ。

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# by innocentl | 2017-10-04 13:05 | 真面目な話 | Trackback | Comments(0)