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「プロミシング・ヤング・ウーマン」のここがすごい

「プロミシング・ヤング・ウーマン」を観た。今年観た映画の中で一番面白かった。感想をだらだらと書いていこうと思う(ネタバレ注意)。


<あらすじ>



主人公・キャシーは30歳、実家暮らしの女性。もともと医大に通っていたが中退し、安っぽいコーヒーチェーンでアルバイトを続けている。そんな彼女は夜ごとにクラブで「泥酔したふり」をして男に持ち帰られ、相手から性的同意なくセックスを進められそうになると、その瞬間に制裁を下すのを日課にしており……。

ネタバレもありでもう少し踏み込んであらすじ説明すると、キャシーには幼なじみの親友・ニーナがいた。キャシーとニーナは2人とも優秀だったため、一緒に同じ医大に通っていた。大学時代、とあるパーティーで泥酔してしまったニーナは同期の男たちにレイプされ、あろうことかその一部始終を録画したビデオを大学の仲間たちにばらまかれてしまう。それをきっかけにニーナは自死を選び、残されたキャシーもメンタルに不調をきたして医大を退学。以来、キャシーは実家暮らしをしつつカフェでバイトする生活をし、バーで引っかけた(?)男たちに制裁を下す日課を始めることになる。

ある日キャシーは、ひょんなことから親友・ニーナをレイプした張本人が結婚するという噂を聞きつける。「バチェラーパーティー」(独身最後の日に行うパーティー)が開かれるというので、その場に単身で乗り込み復讐をしようと試みるが……というのが、大まかなストーリーだ。


2021年に公開された映画で、劇中でキャシーは30歳の女性として描かれている。つまり自分と同い年なので、国の違いはあれど共有してきた文化や時間はある程度トレースして理解しやすい。同世代だからこそ「こう来たか!」と、ハッとする場面が多い映画だった。

まずこのキャシーという女、パッと見たときに違和感がある。(これは自分がアジア人だからというのも理由の一つかもしれないが)30歳にしては老けて見えるのにもかかわらず、キャシーはまるでティーンの女子が着るようなカラフルなシャツや、パステルカラーのワンピース、花柄やフリルのあしらわれた服装をしている。「いや、フェミニンな服装が好きってだけじゃないの?」とツッコまれるかもしれないが、老け顔の30歳がまるで「ハンナ・モンタナ」のマイリー・サイラスのような服装をしているので、一瞬「ん?」と思ってしまうのだ。こればかりは実際に映像を観てもらうのが早いと思う。

もしかしたら若い世代の人(あるいはもっと年上世代の人)が観れば「カラフルな服でかわいいね」程度なのかもしれないが、90年代前半生まれからすると「ああいう服、子どもの頃に流行ってたよな……」「当時のティーン向け海外ドラマみたいだな……」という、よく言えば00年代カルチャー満載の古臭いポップさがどうしても目についてしまう。00年代の女児が好んでいた独特の“あの頃感”があるテイストというか、とにかく30歳前後の人が見れば「ああ……」となるような感覚だ。

キャシーの服装について「大学時代に親友がレイプされ、自死を選んだのを目の当たりにしたトラウマを抱えているから、時が20歳前後で止まってしまっているのがファッションセンスに表れている」と評する映画評論家もいた。

確かに一理あると思うのだが、自分はもっと作為的なものを感じた。キャシーはクラブに行くときは「会社帰り風のスーツ姿」や「いかにもクラブ大好きっぽいキム・カーダシアン風ドレス」などをカメレオンのように身にまとい、劇中で出身大学の理事に会いに行く際にはそれなりにフォーマルな服装を着ていけるので、服装に関してはTPOをわきまえるだけのセンスや常識がある。「トラウマで時が止まってしまっている人」なら、「わきまえた服装をするべき」ときにも独自のセンスがにじみ出てしまい、「なんかヤバくない? この人……」的な雰囲気になりそうだが、彼女の場合はそこがない。おそらく意図的に00年代のガールズパワーを感じさせるファッションを選んでいると思うのだが、「意図」していてもそれが評論家が話すような「トラウマに起因する過去への執着・固執」なのか、自分の考えるように「エンパワメントとしてわざと選んでいる」のかは、受け取り手の解釈にゆだねられているのかもしれない。

劇中歌も「これは憎い!」と思わせるものがあった。劇中ではキャシーが大学時代の同期の男性と再会し、なんとなくデートを重ねるようになって、過去のトラウマが薄れて少しずつ未来に踏み出せるようになっていく……という恋愛パートがあるのだが、そこでパリス・ヒルトンの「Stars Are Blind」がBGMとして使われていた。

「Stars Are Blind」は、パリス・ヒルトンが2006年にリリースしたアルバム「Paris」のリードシングルだ。「そもそもCD出してたの?」「パリスって歌手なの?」と思う人も多いと思うが、順を追って説明させてほしい。

そもそも「なんとなくキラキラした海外セレブということは知ってるけど、何やってる人なのか実体がよく分からない人」部門ランキングぶっちぎりの1位であるパリス・ヒルトン。世界的ホテルチェーンであるヒルトンホテル創立者のひ孫という生まれながらのセレブリティの彼女は、10代の頃からモデルとして芸能活動を開始した。

パーティー好きで社交界によく顔を出していたことから、ナイトライフ関係のそうした界隈ではすでに有名人だったが、リアリティーショー「シンプルライフ」に出演したことから人気が爆発。

「シンプルライフ」は、ざっくり説明すれば「生まれながらにしてセレブの女の子が、アメリカの片田舎の家にホームステイしたらどうなる?」という検証系バラエティー番組で、パリスは番組内で「ウインナーの焼き方を知らないからアイロンを使って焼く」「『ウォールマート』(アメリカのチェーンスーパー)を知っているかと聞かれて『壁を売ってるんじゃない?』と答える」など突飛な行動を繰り返し、おバカ系タレント・お騒がせセレブ的な人気を博していった。
※「シンプルライフ」は2003年~2007年にかけて放送されていた。

こんな感じでパリスが人気になっていった最中に発売されたのがアルバム「Paris」で、要は「おバカタレントがノリでCD出しちゃいました」的なものだった。サウンド制作陣にはグラミーにノミネートされたメンバーがついているので、曲自体ある程度は「そこそこ聴ける」ものではあるし、当時は彼女自身が何をしても話題になるという背景があったため、ビルボードでは最高6位を記録するなどセールス的にも成功しているのだが、歌手としての正当な評価を得ての結果かと言われると……という感じだ。当時読んでいたゴシップ誌でも、「お騒がせセレブが今度は歌手デビューだって」「生歌は超オンチ! オートチューニングしすぎ!」的な評価ばかりだったと思う。

そんな「何も考えてない、パーティー大好きなお騒がせセレブ」のパリスだが、2020年に「モデルとしてデビューする前の寄宿学校時代、教師たちから虐待を受けていた」と告白し、話題になった。精神的暴力はもちろん、窒息する寸前まで首を絞められるなど、肉体的な暴力を日常的に受け、メンタルヘルスに不調をきたしたと自身のドキュメンタリーで語っている。

話を「プロミシング・ヤング・ウーマン」に戻すが、当時は「おバカなお騒がせセレブ」として消費されていたが、実は虐待を受けメンタルに問題を抱えていた(と、今になって発覚した)パリスの曲が使われていた。これは本当に憎い演出だと思う。

BGMで言えば、最後にキャシーがバチェラーパーティーで親友・ニーナを犯した張本人に制裁を下そうとするシーンで、ブリトニー・スピアーズの「TOXIC」のアレンジ版が使われている。

最近ドキュメンタリー映画にもなったので、ブリトニーもめちゃくちゃ売れていた00年代当時にメンタル不調を抱えていたことや、つい先日に至るまで長年実父からのDVに苦しんでいたことを知っている人も多いかと思う。00年代当時から彼女の精神状態を心配する声は上がっていたが、精神的に不安定になって突然パパラッチが見ている前で丸刈りにしてみたり、いきなりパパラッチに傘で殴り掛かったり、そうした行動を「奇行」「ブリトニーがまたやらかしました」と報じられて「お騒がせセレブ」として消費されていたのはパリスと同じだ。

劇中に登場する男性陣は、過去のレイプ事件について問い詰められても「若気の至りだ」「自分はいい人間だ」「あの当時はああいうのが普通だったんだ」と、自身を正当化して反省する素振りを見せない。誰だって自分のことは「いい人間」だと思いたいだろうし、自分の中の加害性や過去の過ちをそのまま「自分の罪」として認めるのは並大抵のことではない。

映画を観ていると「レイプなんて許せない」「キャシーは狂っているけれど、そうなる気持ちも分かる」とついキャシーに肩入れしてしまうが、「じゃあ2006年の当時、あなたはパリス・ヒルトンやブリトニー・スピアーズのことをどう思っていましたか? 彼女たちも当時虐待やメンタル不調に苦しんでいましたけれど、単なる『おバカセレブ』として消費していませんでしたか?」と、背中をぐさりと刺された気分になる。この映画は「酔ってたんだから彼女にも責任はあるでしょ」「若い頃にちょっとセックス関係でこじれることくらいあるでしょ。大げさに騒ぎすぎ」と、被害者叩きをする側にも銃口を向けてくるが、そうした経験がないその他大勢に向けても「あなたは本当に清廉潔白だと言えます?」と、揺さぶりをかけてくるのだ。

先ほど書いたキャシーのファッションにもかかってくると思うのだが、この映画は「00年代感」が一つのキーワードになっている。メインテーマである「性的加害と被害者叩き」だけでなく、「00年代、私たちはお騒がせセレブの奇行を『エンタメ』として消費してたけど、それって本当はどうなんだろうね? あなたも共犯じゃないですか?」という、問いかけが映画全体に通してちりばめられている。観ていて楽しい気分になる映画ではないが、一度立ち止まって過去(そして現在)の自分の価値観と向き合うときにはぴったりの映画だと思う。おすすめ。

# by innocentl | 2022-04-04 19:19 | 日常 | Trackback | Comments(0)

「朝運動」の思い出

小学校の頃、「朝運動」というイベントが週に2回ほど行われていた。簡単に言えば、週に2回、授業開始前に20分程度子どもを運動させるという取り組みだ。

自分が小学生だった00年代当時から「子どもが公園で遊ばずにゲームばかりしている」と、子どもの運動不足を懸念する声が保護者の間で高まっており、それに応えるようにして導入された制度だったのだと思う。当時住んでいた埼玉県だけの取り組みなのかと思いきや、調べてみたら全国の学校でも「朝の運動時間」や「0時間目の体育」のような名前で似たような制度が導入されているようだった。

「朝運動」がある日は少し早めに登校し、体育着に着替えて校庭に集合させられた。全校生徒が校庭を1~2kmほどジョギングし(学年ごとに距離が変わる)、その後はSPEEDや浜崎あゆみ、KEIKOなどの曲に合わせて、体育教師が考えたのであろう独自のストレッチをして教室に戻る……という流れだったのだが、今思えばシュールすぎる。

余談だが自分の通っていた小学校は1クラス40人、1学年に10クラスあるという超がつくマンモス校だった。単純計算で約2400人の児童が一堂に会し一心不乱にジョギングをして、SPEEDの「White Love」や浜崎あゆみ・KEIKOの「a song is born」に合わせて独特な動きの柔軟体操をするという、なんというかすごく“圧”を感じさせる光景が広がっていた。
※当時は日本で一番児童数が多い小学校だったらしい。

「White Love」の1回目のサビが始まるまでにジョギングを終えていないとストレッチに乗り遅れるとか、「a song is born」のイントロが始まったらまず深呼吸をして別の柔軟に切り替えるとか、そうした暗黙のルールもあったが、大人になった今だと本当に意味が分からなすぎる。なぜSPEEDやあゆだったんだ。

美少女アイドルを育成するゲームの「アイドルマスターシリーズ」では、ギャルっぽい雰囲気を持つキャラクターの出身地がことごとく埼玉県出身と設定づけられているので、一部ファンから「埼玉の名産はギャル」などと揶揄されているが、もしかしたらこうした埼玉の義務教育の背景が「埼玉=ギャル」のイメージを決定づけているのだろうか、とも思う。

これはまた別の話になるのだが、中学では英語の授業でアヴリル・ラヴィーンの「sk8ter boi」やクリスタル・ケイの「kirakuni」を歌わされたり、ダンスの授業ではブリトニー・スピアーズの振り付けを参考に動いてみる時間があったりと、全体的にあの頃の埼玉は義務教育がどうかしていた。そんな思想の下にある教育を受けていたら、強いオカマかディーバかギャルしか生まれないだろうと思った。

# by innocentl | 2022-01-19 18:06 | 日常 | Trackback | Comments(0)

整形

「そうだ、顔のほくろを取ろう」と思い、美容皮膚科を予約した。

8月にコロナウイルスに感染したため仕事を休み、会社のミスで傷病手当金など諸々の金の手続きが滞ったせいでほぼ丸々2ヵ月無収入だったこともあり、貯金をちまちまと切り崩しながら生活するのにいい加減苛立っていた。自傷行為とは違うと思うが、こういうときには身体に改造を加えたくなる。

そもそも顔のほくろをコンプレックスに思っていたわけではないし、別にほくろ除去じゃなくてもよかった。ピアスを開けたりタトゥーを入れたり、若干の痛みを伴って身体に何らかの変化が起こるものなら何でもよかった。ピアスは数年前に開けて飽きてしまったし、タトゥーは彼氏から絶対に入れないでくれと懇願されているので、消去法で「じゃあほくろでも取るか」というテンションで決まっただけだ。余談だが、「ついでに」という感じで、来週親知らずも抜くことにしている。

「高須クリニックか、ここか」というレベルで有名すぎる全国チェーンの美容皮膚科を訪れたが、初めて入った美容皮膚科はそこかしこにビビッドな色合いの花やアートが飾られ、蜷川実花の写真展にでも来てしまったのかと錯覚するような内装の空間だった。「予約をしているんですけれど」と受付に伝えると、遊園地の迷路のアトラクションのように入り組んだ廊下を案内され、個室の診察室に通された。美容皮膚科だけでなく美容整形外科もあるので、患者のプライバシーに配慮した結果なのだと思うが、「自分一人じゃ、迷ってトイレにも行けないな」と思った。

診察室で数分待っていると、ぴっちりと髪の毛をまとめた女性スタッフが「カウンセリングを担当する○○です」と自己紹介しながら入室してきた。予約時に記入したシートを参照しつつ「今回はほくろを除去したいということなのですが、レーザー法とくりぬき法があって……」と、処置方法の違いやかかる金額についてレクチャーしてくれ、一通りの説明を終えると「ほくろ以外にも肌のお悩みはありますか?」と質問してきた。

「ああ、まあシミとか? 気になるかな」と答えると、今度はシミが薄くなるというレーザー治療やら点滴やら飲み薬やらをしつこく勧誘してきて、「ああ、こういうのが嫌でTwitterの整形アカウントの人たちは大手クリニックのことをあまりよく言わないんだろうな」とぼんやり思いながら、「次に顔をいじることがあっても、このクリニックはないな」と決意する。というか、シミも別にコンプレックスに思っているわけではなく、いつもと違う基礎化粧品を試すようになってまじまじと顔を見つめる機会が増え、最近になって「ああ、こんなところにシミがあったんだな」と自覚しただけだ。40分くらいは勧誘されていただろうか。「時間がないので、今日はほくろだけ取りたいんですけど」と伝えると、ようやくカウンセラーから施術を担当する医師へとバトンタッチした。

医師から「あなたの場合はメスでくり抜いたほうがいいね」と言われたので、「じゃあそれで」と返すと、診察室を出て相変わらず迷路のような廊下を進み、施術室へと通された。最初の麻酔の注射だけ痛かったが、あとは全く感覚がなかったので、結果としてはあっという間だった。麻酔の後は爪楊枝の先っぽでほくろ周辺をつつかれているような感覚があったのみで、唯一の違和感といえば止血のための電気メスで皮膚を焼かれる焦げ臭さを感じた程度だった。

ほくろをとってから2週間ほど経ち、今ではかさぶたも取れて赤みも少しずつ薄くなってきている。2ヵ月ほど経てば傷自体も目立たなくなるとのことだ。あまり気になっていなかったほくろをわざわざ除去したということで、正直自分のなかでは「取ってよかったな」「印象が変わったな」と思うことはない。人から見れば、少しは印象が変わったように捉えられるのだろうか。

さあ、来週は親知らず抜歯だ。正直こっちのほうが見た目には影響しそうだな。

# by innocentl | 2021-10-20 17:05 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ワクチン接種

区が設立した集団接種会場で、新型コロナウイルスのワクチンを接種した。事前の問診票に「この1ヶ月以内に発熱したり、風邪のような症状がでたことはありますか?」と書いてあったので、正直に「はい」にチェックマークを入れ、備考欄に「COVID-19」と記入したら、スタッフに「ちょっとお待ちいただけますか」と、止められた。

受付の列を外れたところに置かれたパイプ椅子に座りながら彼らを眺めていたら、インカムでいろいろとやり取りをしたり、新たにリーダースタッフ的な人が駆けつけて書類を眺めていたりして、「毎日これだけ大勢の接種をしているのだから、そろそろ感染者が接種に来ることくらいあるだろうに、オペレーションが確立されていないんだろうか……」と、若干の苛立ちを覚える。一緒に並んでいた彼氏は特に問題なく受け付けを済ませ、さっさと接種会場のほうに向かって行ってしまった。

数分程度経ったのち、受付スタッフが自分のほうへやって来て、小声で「新型コロナウイルスの感染歴があるそうですが、いつからいつまでですか?」と質問をしてきたので、「○日に発症し、○日に療養終了しました」と答える。するとそのスタッフが「療養が終了してから、何かしました?」と、いったい何を聞きたいのか、自分からどのような答えが出ることを想定しているのかすらわからない曖昧な質問を投げかけてきたので、「『何か』って何ですか?」と、ややつっけんどんに聞き返した。

自分も自分で「オープンクエスチョン」にすらなっていない、「哲学か?」という返しをしてしまったため、自分よりも少しだけ年下であろう男性スタッフが、もごもごと口ごもってしまった。おそらく医療的な知識があるわけでもない、外部のイベント会社が受付業務を委託されているのだろう。言い方に少し棘があったなと反省し、「感染経験者でも療養を終えていれば、ワクチンをどのタイミングで接種してもよいと医師に言われているんですが……」と付け足したら、「そういうことであれば、大丈夫です」と、接種会場に通してくれた。

会場に向かい、接種前に医師からの診断を受ける。医師は問診票を見て「感染歴があって、2週間前に療養終了しているんですね。本当は少し間隔を空けたほうがいいんだけど、でも2週間ですもんね……」と、カレンダーをペラペラめくりながら15秒ほど悩み、「今日接種していいでしょう」とGOサインを出した。その後は無事に注射を打ち、待合室で「待ちくたびれた」という顔つきの彼氏と合流し、帰路についた。

「感染者は副反応がキツく出る可能性があります」と、散々脅されていたのでビクビクしていたけれど、翌日に38℃の発熱があったのと、腕の痛みが2日ほど続いたくらいで、寝込んだり食欲がなくなったりすることはなかった。正直拍子抜けだ。

感染者は抗体ができるため、ワクチンを打たなくても90日程度は再感染の可能性が低いらしい。体調が戻ってから打ってもいいし、後遺症がほとんどないならすぐに打っても問題はないという。ただ、感染者のワクチン接種には「療養終了後、どれくらいの期間を空けてから接種すべきか」などの明確なガイドラインがないそうで、「1ヶ月くらいは間隔を空けたほうがいいんじゃないか」「特定の後遺症が残った場合は接種を見合わせたほうがいいんじゃないか」など、いろいろと意見が割れているとのこと。いずれにしても自然感染で得た抗体はワクチン接種によって得られる抗体よりも少ないため、感染経験者でもワクチンを接種したほうがよい、というのは共通の認識だそうだ。

7月の半ばに接種券が届き、その日のうちに予約サイトで予約を済ませたものの、歩いて行ける会場はどこも受付終了。唯一空いていたのがバスを使わなければ行けない程度には遠い集団接種会場だったが、1回目接種日は8月の後半だった。個人的な感情として、待っているうちに感染してしまったのは正直面白くないが、それにしてもワクチンは不公平だ。

運よく職域接種ですでに2回接種を済ませている人からすれば「とっくに過ぎた話題」である一方で、いまだに自治体から接種券すら届かない人もいる。「予約のいらないワクチン接種」を謳っている渋谷の接種会場には連日大勢の若者が並び、彼らは「ワクチンを打てる権利」の抽選会に参加させられている。ワクチンが抽選の国とは、何なんだろう。使い古されたデスゲーム系のパニックホラーのシナリオが、2021年の東京で再現されるなんて、という思いだ。とあるニュース番組では「自宅療養中に呼吸困難に陥る30代」として、聞いたこともないような「ゼエゼエ」という音で酸素を求めあえぐ男性の映像を流していたが、チャンネルを変えれば涼しげな色合いが鮮やかな着物でおめかしをした東京都知事がオリンピック閉会式で、ニッコリと旗を振っている。何なんだろう、この国は。何なんだろう、この都市は。

まあ、もう感染しちゃったから自分は90日は再感染しないし、その間に2回目のワクチンも打てるから、どうでもいいのだが。とはいえ、この事態を引き起こした人間の顔だけは忘れずに、次の選挙に向かおうとは思う。

# by innocentl | 2021-08-30 17:49 | 日常 | Trackback | Comments(0)

新型コロナウイルス感染と被害者意識

8月の頭に、新型コロナウイルスに感染した。オリンピックも閉幕まであと数日というタイミングで東京都の新規感染者数が連日最多を更新している中、初めて1日の新規感染者数が5000人を超えた日前後に陽性が判明した。

8月上旬のある日、39℃の発熱があったため保健所に連絡し、PCR検査を受けることになった。もともと疲れがたまると高熱を出しやすい体質のため、身体的にはさほど辛くなく、咳も全く出ず家で仕事もなんなくこなせる程度の症状で、「これがコロナなら、夏風邪で済ませて出歩いてる人も多いんだろうな……」と、ぼんやり思う。とはいえ、陽性だったときのことを考えて同居している彼氏は早々に隔離・避難させ、この記事を書いている現在まで彼氏は感染・発症せず、なんとか家庭内感染を防いだまま療養期間を終えることに成功する。

話を戻す。最寄りの病院で検査をしたのだが、検査の1日後にかかりつけ医から陽性だと知らされ、さらに翌日の夕方くらいに保健所から今後の過ごし方についてのレクチャーと、「ホテル療養を希望するか?」という確認の連絡を受けた。「同居人がいるのでホテル療養をしたいです」と伝えると、連日の感染爆発で希望してもホテル療養に入ることは約束できないと前置きをされつつ、「なるべく頑張りますね」と、女性の保健師が親しみやすいトーンで伝えてくれた。

それから2日ほど経つと「ホテル療養が決定した。明日の午前中に自宅までバスで迎えに行くので準備をして待っていてくれ」と保健所から連絡があり、そのままあれよあれよという間にホテル療養が始まって、都内某ホテルで6日ほど過ごす。ホテル療養が始まるころには熱も平熱に下がっていたのだが、保健所が定める通りの期間をきっちりホテルで過ごし、「症状が治まり感染性がなくなった」と判断され退所した。

発症して数日は38℃~40℃程度の発熱があったものの、4日目くらいから平熱程度になり、その他の症状も「エアコンをつけっぱなしのまま寝てしまったときに感じる喉のイガイガ感」程度。運よく軽症中の軽症で終わったが、味覚障害・嗅覚障害・運動時の謎の発熱など、後遺症はしっかり残った。

味覚障害に関しては発症から2週間程度経った今ではほとんど良くなり、食事もさほど違和感なく楽しめている。もともと馬鹿舌なので、不幸中の幸いだったかもしれない。嗅覚障害はしぶとく、今も一部の臭いは感じない。それでも幸いにも毎日徐々に「あっ、これは排気ガスの臭いだ」「あれ、柔軟剤の匂いがわかる」と、わかる香りが増えていくので、快方に向かっているのだろう。お気に入りの香水はまだアルコール臭程度しか感じられないが、いつかあの香りがしっかりわかる日が来てくれればうれしい。

ここからは、家族関係の話になる。親とは絶縁しているが妹とはたまに連絡を取り合う仲なので、ある程度症状が落ち着いたころにコロナに感染したことや後遺症が残ったことを妹に伝えた。嗅覚障害が残り、前のように香りを感じられないとLINEを送ったら、「じゃあシュールストレミングとか食べるチャンスじゃない? 部屋はお釈迦になるだろうけど(笑)」と返ってきた。

正直な話、この一文はショックだった。コロナ後遺症についてはまだ研究が進んでいないためわかっていることが少ないが、人によっては一生治らない可能性のある病気だ。こういう不謹慎なジョークを言い合って笑いあう関係性は自分たちの中にはあったので、きっとそういう“ノリ”や“ユーモア”で自分を励まそうとした意図もあるのかもしれないが、病気や後遺症を茶化すのは違う……と感じてしまった。仮に自分が事故で片足を切断したとしたら、彼女は「今年のハロウィンは『傘お化け』の仮装ができるね」と言っただろうか?

少し考えてから「これは笑えないジョークなので、身の回りに感染した人や後遺症が残った人が出てきてしまっても、この手のジョークは言わないようにしてください」と返信したら、「わかりました」と返ってきた。その後、彼女のTwitterアカウントを見てみたら、「私に対して嫌なことを言ってきたこともあるくせに、自分が傷つくことを言われたら腹を立てるなんて面倒くさい。もう縁を切る。さようなら」と書いてあり、「ああ、ダメだこれは」と思ってLINEやTwitter、電話番号を全てブロックした。

冷静なつもりでいるけれど、一生このレベルのまま回復しないのかもしれない嗅覚になってしまったことや、突然原因がわからない発熱を繰り返す身体になったことに対して、自分でも参っていたのかもしれない。自分も被害者意識が強すぎて、妹を抑圧するような態度で物を申していたのかもしれない。彼女にも彼女なりの言い分があると思う。

ただ、これは「あなたも嫌な言い方をしたことがあるくせに、私に対してだけ怒るのはムカつく」という兄妹間のすれ違いとして矮小化されるようなことではなく、人として誰かの何かしらの病気の後遺症を茶化したり、コロナに感染した人に自己責任論を押し付けたりするようなことはあってはならないという倫理の問題だ。

コロナに感染した妊婦が産気づいたが搬送先が見つからずに、新生児が死亡したケースがあった。一家全員が感染し、子どもの目の前で40代の母親が自宅で死亡するケースがあった。妹だって、自分や配偶者、まだ2歳の娘が感染して重篤な肺炎を患うかもしれない。妹の住んでいる地域だって医療崩壊を起こしているし、この状況で感染したら搬送先が見つからないまま亡くなったり、運よく命は助かったとしても潰れた肺のまま残りの人生を生きることになったりするかもしれない。そうしたところへの想像力や共感性のなさに対して「そういうのはダメだよ」と言ったつもりだったけど、伝わらなかったのかもしれない。

これはあくまで自分側だけの言い分であるし、彼女に語らせれば自分の至らぬ点や悪い点なども出てくるのだと思う。この文章も、彼女に言わせれば「自分だけ被害者面をしやがって」だろう。

あの物言いを咎めないほうがよかったのかもしれないし、「そうだね、まずは手始めにくさやに挑戦してみようかな(笑)」とでも返せばよかったのかもしれない。「後遺症が残ったかわいそうな人」として扱われるのに居心地の悪さを感じて、さほど困ってないように飄々と振舞おうとしていたが、本心とのバランスを崩していて、あの「注意」は必要以上に被害者意識がにじみ出ていたのだろうか。「気を遣え、かわいそうだと思え」と、圧をかけていただろうか。何が正しかったのか、わからない。

# by innocentl | 2021-08-19 13:09 | 日常 | Trackback | Comments(0)