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恩義

「彼氏さんのどこが好きなんですか?」と、聞かれることがある。
そう聞かれるたびに、「どこが好きなんだろう」「何に惹かれたんだろう」と自分に問いかける。

月並みだけれども、最初はやっぱり「優しいところ」「おおらかなところ」に惹かれたんだと思う。
人混みや騒がしいところが苦手で、クラブやイベントで大騒ぎするよりはゆっくりと居酒屋や家で飲んでいたいタイプの彼。人付き合いは最低限で、自分の時間を大切にしようとするタイプの人間だ。
自分は騒がしいところが好きというわけではないけれど、寂しいのが苦手なので無理やり人が多いところに身を置いて過ごす方が好きだ。結果として人混みやイベントごとを好むタイプに分類されがちだし、あまり乗り気でなかったとしても飲み会などに誘われればほとんど必ず顔を出す。そういう意味では彼と自分は正反対な気もする。
彼のそうしたどっしり構えたところに、次第に惹かれていったように思う。

でも、今も彼と一緒に居続けている理由はそれではない。
自分がメンタルを病み会社を退職したとき、それまでの友人や家族はみんな離れていってしまったが、彼だけはそばに寄り添ってくれた。

人とは薄情なもので、それまでどんなに仲良しこよしで毎週のように遊んでいても、精神を病んだりお金が無くなったりすると、まるで最初から知り合いですらなかったかのようにすっと離れていってしまう。
でも恨み言を言うのも間違っているとも思う。彼らからすれば、お金がないから社交場に出られない、精神が不安定だからあまり情報を発信できない自分は単に「見えなくなった」だけで、別に「切り捨ててやろう」という意識があって離れていったわけではないのだ。
彼らは彼らで今まで通りのところで、今まで通り過ごしているだけで、むしろ自分の方がその「今まで通りの場所」へ顔を出すことができなくなってしまっているだけだ。その結果、今までの友人と溝ができてしまうだけの話なのだ。

家族からも拒絶されていよいよどうしようかと思い悩んでいた時期に、彼だけは手を差し伸べてくれた。
メンタルが回復しきっていないためにライティングの仕事もほとんどすることができず、家賃も払えない時期もあったし、1日家で寝て過ごしていなければならない時期も、急かしたりすることなく見守ってくれた。
彼がいてくれなければ、冗談や誇張ではなく今頃どこかで野垂れ死にしていたと思う。
そうした恩義があるから、一緒にいたいと感じるのだとも思う。

もちろん恩義や情だけではないけれども、彼の「優しいところ」「おおらかなところ」に加えて、その懐の大きさは惹かれるのに十分値する要素の一つだと思う。
いつか彼が辛い状況になったときは、自分が支えになれるようにしたい。もちろん、そんなことなど起こらない方がいいということは百も承知だけれども。

by innocentl | 2018-04-27 18:19 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

大阪

生まれて初めて行った大阪で驚いたのは、心斎橋の薬局の店員が中国語で客の呼び込みをしていたところだった。
東京でも「中国人熱烈歓迎」「中国語OK」みたいなことが中国語で書かれた垂れ幕を掲げて営業している店は多いけれど、あくまで中国語で対応できる店員がいますよというアピールだけにとどまっているのに対し、大阪では積極的に外国人観光客を集客しているというのにカルチャーショックを受けた。さすが、商人の街だなと感心した。

妹の結婚式を終えた後、会場から10分ほど歩いた場所にあるビジネスホテルへと向かった。部屋に荷物を置き、スーツを脱いでシャワーを浴びようとしていると、彼氏から「新大阪駅に着いたけれど、どの駅に向かえばいい?」というメッセージが入った。
「早かったね。心斎橋か、本町ってところから歩いて来て」と添え、現在地情報を送信してシャワーを浴び、カジュアルな私服に着替えていると彼氏がホテルに到着した。
時刻は17時過ぎにも関わらず、「朝から何も食べてないから、お腹すいた。早く出かけようよ」と急かされてしまったので、また難波の方へ南下して食事ができる店を探すことにした。

それにしても心斎橋の巨大アーケードは関東圏で生まれ育った身からすると圧巻だ。東京にはそもそもアーケード商店街自体が少ないし、ここまで大きなアーケード商店街が存在しているというのが本当に別文化圏に来たんだなということを実感させた。
鹿児島の天文館に行ったときも「アーケードって珍しいな」と感心したが、渋谷くらいの規模感のある街をすっぽりアーケードで覆っているというのが「これが大阪か」と感じさせる。


道頓堀沿いの串カツ屋を何件かハシゴし、夜は堂山にでも行ってみるかという話になった。Jack in the boxというクラブではAMRをやっているようで長蛇の列ができていて、せっかくだし並んでみるかと思い入場するも、中はかなりの人で身動き一つ取れない。
そこで1時間ほどで抜け出して、EXPLOSIONというクラブの方へ行ってみたのだが、週末のイベント営業だというのにAMRに客を取られているのか閑古鳥が鳴いている状態で、店内見渡しても12、3人程度いるかいないかといった状況だった。フロアでも誰も踊っていないし、二丁目のクラブなら今くらいの時間帯にはかなり盛り上がっているのになぁと思ってしまった。
その後持っていたバッグを無くすというトラブルがあり、すっかり気持ちも萎えてしまったのでホテルに戻って飲み直すことになった。結局バッグは見つけられたので問題なかったが、うまく立ち回って堂山の街をもう少し楽しめれば良かったのになと後悔している。


翌朝はホテルをチェックアウトした後、また道頓堀周辺でカフェに入ったり、たこ焼き屋に入ったりして過ごした。
飛行機の時間が14時だったので昼を食べたらすぐに空港に向かう必要があったのだが、彼氏はもう少し大阪を観光してから駅に向かうと言ったため、難波駅のバスターミナルで一旦解散することにした。
行きと同じルートのバスに乗り、伊丹空港へと向かう。その後も、行きの道なりをずっと逆にたどるだけだ。
こうして弾丸の1泊2日の大阪旅行は終了した。

結婚パーティーに参加することがメインということもあり、あまり大阪市内を観光する時間が取れなかったので、次に来るときはもっと計画を立てて街を見てみたいなと思った。
次に行くときは、自分好みのクラブイベントをやっているときに合わせて行くのもいいかもしれないな、とも思う。

by innocentl | 2018-04-25 18:17 | 日常 | Trackback | Comments(0)

エスコート

「それでは新婦の口から、エスコートしていただきたいゲストのお名前を呼んでいただきましょう」

明るく軽快なトーンで話す司会からそうアナウンスされるや否や、妹の手にマイクが渡される。さっき席についたばかりだというのに、それを聞いた妹はさっと立ち上がって、ドレスの裾が引っかからないように足元を気にしながら高砂から降りてこう言った。

「エスコートをお願いしたいのは、私の兄です」



妹から結婚パーティーの招待状が届いたのは、去年の12月だった。
妹とはたまに連絡を取り合ったり、食事に出かけたりしていたが、両親とは縁を切って生活している自分は結婚式には呼ばれないだろうなと思っていた。

招待状と一緒に送られてきたメッセージには、午前中には両家の両親を呼んで人前式を行い、午後からは夫婦の友人のみを集めた結婚パーティーを行うと書いてあった。親には会わないように配慮するので出席してほしいと一言添えてあったので、LINEで出席すると伝えた。
式は現在妹夫婦2人が暮らしている大阪で行うため、招待状を返送してすぐに航空券の予約を取った。



結婚パーティーの当日は早く起きすぎてしまった。
7時50分のバスに乗れれば良いので、7時に起きればシャワーを浴びる時間も十分に取れるのだが、5時にはすっかり目が覚めてしまい二度寝もできなかった。
布団をほとんどかけないまま寝息を立てている彼氏を尻目に、トレーニングウェアに着替えてジムにでも行くことにした。

ジムは普段、深夜に行くことが多い。
こんな早朝に行ったのは初めてだったので、「この建物、東側に日を遮るものが無いんだな」と、目も開けられないくらいに眩しく朝日が差し込む中ぼんやりと考えた。
この日の東京は最高気温が28度まで上がるらしく、初夏を思わせる強い日差しの中でストレッチをしていたらじんわりと汗ばむほどだった。

目をつぶってストレッチをしながら「数時間後にパーティーに参加している自分」を、心の中で俯瞰し、「今頃、妹は起きただろうか」「式の当日はやはりバタバタしているものなのだろうか」と思いを馳せた。

トレーニングを終え自宅でシャワーを浴び、クリーニングに出していたスーツを着てシルバーのネクタイを締めると、筋トレのせいで会社員時代よりも首が太くなったのか単にスーツというものを着慣れなくなったから違和感があったのか、喉元がうっと詰まるような感覚を覚えた。「よく毎日こんな格好で仕事に行けたよな」と思いつつも、少し時間が経てば違和感もそんなになくなり普通に首も動かせるようになった。

相変わらずぐっすりと眠っている彼氏を差し置き、部屋に鍵をかけて最寄駅へと向かった。駅から出ている羽田空港行きの直通リムジンバスに乗ったが、朝が早かったこともあって予定よりも20分も早く空港についてしまった。m-floの最新EPを聴きながらバスに揺られていたが、最後の曲までは再生されないくらいの時間でたどり着いたようだ。

特に空港内でぶらぶら買い物したり、ゆっくり食事をする気分ではなかったので、カフェでトーストと野菜ジュースを買って胃に流し込み、さっさと保安検査場へと向かった。1時間以上搭乗口前で待たなければならないが、さして嫌ではなかった。

ロビーに腰を掛けて景色を眺めていると、思い出すのは妹が子どもだった頃のことばかりだ。
お化けや怖い雰囲気のものが苦手で、薄暗いサンリオピューロランドのアトラクションの入口で「手つないで」と頼んできたあのとき。
女の子っぽいフリフリしたものやピンク色が嫌いで、自分のお下がりの男物の服ばかり着ていたあの頃。
そんな妹が、今日結婚式を挙げる。



伊丹空港を出ると、むせ返るような熱気が肌を包んだ。4月だというのに大阪でも30度近くまで気温が上がっているそうで、熱中症に注意するよう空港のテレビからは警報が流れていた。特に名古屋では真夏日になっている場所もあるそうだと知ってうんざりしてしまったが、天気が悪いよりはマシかと無理矢理自分を納得させてバスターミナルへと歩いた。

ここからバスに乗って難波駅まで向かう。マップアプリで調べると、駅から徒歩15分ほどの場所にパーティー会場があるらしい。初めて訪れた難波は、なんだか高円寺と原宿を合体させて、規模を渋谷くらいにしたような街だなぁと感じた。そして道行く人々は、アジア系観光客が多いところも含めて、上野のアメ横を歩いている人種に似ているとも思った。



会場に着き、自分の席までスタッフにアテンドしてもらうと、そこには既に女性が3人座っていた。全員妹の高校からの友人だという。実家にいた頃に妹の口から名前はよく聞いていたが、会話をするのはほぼ初めてだったので、「いつも妹がお世話になっております。兄です」という若干堅苦しい挨拶を交わして着席をした。

天気や地元の話題で無難な会話をしていると、新郎新婦の入場がアナウンスされた。
新郎は白いタキシードを、妹は純白のウエディングドレスを着て、会場の後方からゆっくりと歩いてきた。
プロにメイクをしてもらっているからとか、普段見慣れていないドレス姿だからとか、理由はいくらでも後付できるだろうけれど、笑顔で高砂の方へ向かってくる妹はまるで別人かのように見えた。

新郎が先立って挨拶をし、新郎の友人が乾杯の音頭を取ってスタートした結婚パーティー。妹の元に寄って、「呼んでくれてありがとう」と伝えた。「遠いところ、来てくれてありがとう」と妹は返事をした。その後、友人たちが大勢妹の元に駆け寄ってきたので、自分は身を引いてバーカウンターでお酒を注文し、着席して妹が友人たちと談笑している姿を眺めていた。いい友人がたくさんいて良かったなと感じるのと同時に、自分が仮に結婚式を行うとしたらここまで駆けつけてくれる人たちはいるんだろうかという考えがふと頭を過ったりもしたが、おめでたい席でそんなことを考えるのも不謹慎に思えて、テーブルのカナッペとローストチキンを頬張った。



一通り妹夫婦とゲストが記念撮影などを終えると、早くもお色直しのために妹が中座することになり、エスコート役に自分が選ばれた。
ゲストたちに見守られながら腕を組んで歩いていると、気恥ずかしいやら「恥をかかせないようにしないと」と意気込んでしまうやらで、後から見せてもらったエスコート中の写真を見ると何とも言えない微妙な表情をしていた。
妹が僕の腕をつかむ力が意外と強く、小さい頃に手を繋いだときのあの感覚を思い出した。
お化けを怖がって、痛いくらいにぎゅっと自分の手を握っていたあの小さな手が、今はこんなに大きく大人の女性のものになっているなんて。月並みな表現だけれども、そう感じた。

会場から出て、控室に消えていく妹に「綺麗だよ」と伝えると、「ありがとう」と屈託なく笑っていた。笑顔を作るのが下手糞で、無理に口角を上げてもぎこちなく強面に見えてしまう自分とは違って、妹はちゃんと歯を見せて綺麗に笑うことができる。笑い顔は小さい頃から全く変わっていない。
やや時間を置いて新郎が会場の外に出てきたので、「じゃあ後はよろしくね」と伝え、2人が控室に入っていくのを眺めた。

自分の中で、何かが一区切りついたような、そんな瞬間だった。
幸せでいて欲しい。

by innocentl | 2018-04-23 19:10 | 日常 | Trackback | Comments(0)