エスコート

「それでは新婦の口から、エスコートしていただきたいゲストのお名前を呼んでいただきましょう」

明るく軽快なトーンで話す司会からそうアナウンスされるや否や、妹の手にマイクが渡される。さっき席についたばかりだというのに、それを聞いた妹はさっと立ち上がって、ドレスの裾が引っかからないように足元を気にしながら高砂から降りてこう言った。

「エスコートをお願いしたいのは、私の兄です」



妹から結婚パーティーの招待状が届いたのは、去年の12月だった。
妹とはたまに連絡を取り合ったり、食事に出かけたりしていたが、両親とは縁を切って生活しているので結婚式には呼ばれないだろうなと思っていた。

招待状と一緒に送られてきたメッセージには、午前中には両家の両親を呼んで人前式を行い、午後からは夫婦の友人のみを集めた結婚パーティーを行うと書いてあった。親には会わないように配慮するので出席してほしいと一言添えてあったので、LINEで出席すると伝えた。
式は現在妹夫婦2人が暮らしている大阪で行うため、招待状を返送してすぐに航空券の予約を取った。



結婚パーティーの当日は早く起きすぎてしまった。
7時50分のバスに乗れれば良いので、7時に起きればシャワーを浴びる時間も十分に取れるのだが、5時にはすっかり目が覚めてしまい二度寝もできなかった。
布団をほとんどかけないまま寝息を立てている彼氏を尻目に、トレーニングウェアに着替えてジムにでも行くことにした。

ジムは普段、深夜に行くことが多い。
こんな早朝に行ったのは初めてだったので、「この建物、東側に日を遮るものが無いんだな」と、目も開けられないくらいに眩しく朝日が差し込む中ぼんやりと考えた。
この日の東京は最高気温が28度まで上がるらしく、初夏を思わせる強い日差しの中でストレッチをしていたらじんわりと汗ばむほどだった。

目をつぶってストレッチをしながら「数時間後にパーティーに参加している自分」を、心の中で俯瞰し、「今頃、妹は起きただろうか」「式の当日はやはりバタバタしているものなのだろうか」と思いを馳せた。

トレーニングを終え自宅でシャワーを浴び、クリーニングに出していたスーツを着てシルバーのネクタイを締めると、筋トレのせいで会社員時代よりも首が太くなったのか単にスーツというものを着慣れなくなったから違和感があったのか、喉元がうっと詰まるような感覚を覚えた。「よく毎日こんな格好で仕事に行けたよな」と思いつつも、少し時間が経てば違和感もそんなになくなり普通に首も動かせるようになった。

相変わらずぐっすりと眠っている彼氏を差し置き、部屋に鍵をかけて最寄駅へと向かった。駅から出ている羽田空港行きの直通リムジンバスに乗ったが、朝が早かったこともあって予定よりも20分も早く空港についてしまった。m-floの最新EPを聴きながらバスに揺られていたが、最後の曲までは再生されないくらいの時間でたどり着いたようだ。

特に空港内でぶらぶら買い物したり、ゆっくり食事をする気分ではなかったので、カフェでトーストと野菜ジュースを買って胃に流し込み、さっさと保安検査場へと向かった。1時間以上搭乗口前で待たなければならないが、さして嫌ではなかった。

ロビーに腰を掛けて景色を眺めていると、思い出すのは妹が子どもだった頃のことばかりだ。
お化けや怖い雰囲気のものが苦手で、薄暗いサンリオピューロランドのアトラクションの入口で「手つないで」と頼んできたあのとき。
女の子っぽいフリフリしたものやピンク色が嫌いで、自分のお下がりの男物の服ばかり着ていたあの頃。
そんな妹が、今日結婚式を挙げる。



伊丹空港を出ると、むせ返るような熱気が肌を包んだ。4月だというのに大阪でも30度近くまで気温が上がっているそうで、熱中症に注意するよう空港のテレビからは警報が流れていた。特に名古屋では真夏日になっている場所もあるそうだと知ってうんざりしてしまったが、天気が悪いよりはマシかと無理矢理自分を納得させてバスターミナルへと歩いた。

ここからバスに乗って難波駅まで向かう。マップアプリで調べると、駅から徒歩15分ほどの場所にパーティー会場があるらしい。初めて訪れた難波は、なんだか高円寺と原宿を合体させて、規模を渋谷くらいにしたような街だなぁと感じた。そして道行く人々は、アジア系観光客が多いところも含めて、上野のアメ横を歩いている人種に似ているとも思った。



会場に着き、自分の席までスタッフにアテンドしてもらうと、そこには既に女性が3人座っていた。全員妹の高校からの友人だという。実家にいた頃に妹の口から名前はよく聞いていたが、会話をするのはほぼ初めてだったので、「いつも妹がお世話になっております。兄です」という若干堅苦しい挨拶を交わして着席をした。

天気や地元の話題で無難な会話をしていると、新郎新婦の入場がアナウンスされた。
新郎は白いタキシードを、妹は純白のウエディングドレスを着て、会場の後方からゆっくりと歩いてきた。
プロにメイクをしてもらっているからとか、普段見慣れていないドレス姿だからとか、理由はいくらでも後付できるだろうけれど、笑顔で高砂の方へ向かってくる妹はまるで別人かのように見えた。

新郎が先立って挨拶をし、新郎の友人が乾杯の音頭を取ってスタートした結婚パーティー。妹の元に寄って、「呼んでくれてありがとう」と伝えた。「遠いところ、来てくれてありがとう」と妹は返事をした。その後、友人たちが大勢妹の元に駆け寄ってきたので、自分は身を引いてバーカウンターでお酒を注文し、着席して妹が友人たちと談笑している姿を眺めていた。いい友人がたくさんいて良かったなと感じるのと同時に、自分が仮に結婚式を行うとしたらここまで駆けつけてくれる人たちはいるんだろうかという考えがふと頭を過ったりもしたが、おめでたい席でそんなことを考えるのも不謹慎に思えて、テーブルのカナッペとローストチキンを頬張った。



一通り妹夫婦とゲストが記念撮影などを終えると、早くもお色直しのために妹が中座することになり、エスコート役に自分が選ばれた。
ゲストたちに見守られながら腕を組んで歩いていると、気恥ずかしいやら「恥をかかせないようにしないと」と意気込んでしまうやらで、後から見せてもらったエスコート中の写真を見ると何とも言えない微妙な表情をしていた。
妹が僕の腕をつかむ力が意外と強く、小さい頃に手を繋いだときのあの感覚を思い出した。
お化けを怖がって、痛いくらいにぎゅっと自分の手を握っていたあの小さな手が、今はこんなに大きく大人の女性のものになっているなんて。月並みな表現だけれども、そう感じた。

会場から出て、控室に消えていく妹に「綺麗だよ」と伝えると、「ありがとう」と屈託なく笑っていた。笑顔を作るのが下手糞で、無理に口角を上げてもぎこちなく強面に見えてしまう自分とは違って、妹はちゃんと歯を見せて綺麗に笑うことができる。笑い顔は小さい頃から全く変わっていない。
やや時間を置いて新郎が会場の外に出てきたので、「じゃあ後はよろしくね」と伝え、2人が控室に入っていくのを眺めた。

自分の中で、何かが一区切りついたような、そんな瞬間だった。
幸せでいて欲しい。

[PR]
by innocentl | 2018-04-23 19:10 | 日常 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://innocentl.exblog.jp/tb/29451619
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 大阪 身体が助けてと叫んでいたとき >>