大阪

生まれて初めて行った大阪で驚いたのは、心斎橋の薬局の店員が中国語で客の呼び込みをしていたところだった。
東京でも「中国人熱烈歓迎」「中国語OK」みたいなことが中国語で書かれた垂れ幕を掲げて営業している店は多いけれど、あくまで中国語で対応できる店員がいますよというアピールだけにとどまっているのに対し、大阪では積極的に外国人観光客を集客しているというのにカルチャーショックを受けた。さすが、商人の街だなと感心した。

妹の結婚式を終えた後、会場から10分ほど歩いた場所にあるビジネスホテルへと向かった。部屋に荷物を置き、スーツを脱いでシャワーを浴びようとしていると、彼氏から「新大阪駅に着いたけれど、どの駅に向かえばいい?」というメッセージが入った。
「早かったね。心斎橋か、本町ってところから歩いて来て」と添え、現在地情報を送信してシャワーを浴び、カジュアルな私服に着替えていると彼氏がホテルに到着した。
時刻は17時過ぎにも関わらず、「朝から何も食べてないから、お腹すいた。早く出かけようよ」と急かされてしまったので、また難波の方へ南下して食事ができる店を探すことにした。

それにしても心斎橋の巨大アーケードは関東圏で生まれ育った身からすると圧巻だ。東京にはそもそもアーケード商店街自体が少ないし、ここまで大きなアーケード商店街が存在しているというのが本当に別文化圏に来たんだなということを実感させた。
鹿児島の天文館に行ったときも「アーケードって珍しいな」と感心したが、渋谷くらいの規模感のある街をすっぽりアーケードで覆っているというのが「これが大阪か」と感じさせる。


道頓堀沿いの串カツ屋を何件かハシゴし、夜は堂山にでも行ってみるかという話になった。Jack in the boxというクラブではAMRをやっているようで長蛇の列ができていて、せっかくだし並んでみるかと思い入場するも、中はかなりの人で身動き一つ取れない。
そこで1時間ほどで抜け出して、EXPLOSIONというクラブの方へ行ってみたのだが、週末のイベント営業だというのにAMRに客を取られているのか閑古鳥が鳴いている状態で、店内見渡しても12、3人程度いるかいないかといった状況だった。フロアでも誰も踊っていないし、二丁目のクラブなら今くらいの時間帯にはかなり盛り上がっているのになぁと思ってしまった。
その後持っていたバッグを無くすというトラブルがあり、すっかり気持ちも萎えてしまったのでホテルに戻って飲み直すことになった。結局バッグは見つけられたので問題なかったが、うまく立ち回って堂山の街をもう少し楽しめれば良かったのになと後悔している。


翌朝はホテルをチェックアウトした後、また道頓堀周辺でカフェに入ったり、たこ焼き屋に入ったりして過ごした。
飛行機の時間が14時だったので昼を食べたらすぐに空港に向かう必要があったのだが、彼氏はもう少し大阪を観光してから駅に向かうと言ったため、難波駅のバスターミナルで一旦解散することにした。
行きと同じルートのバスに乗り、伊丹空港へと向かう。その後も、行きの道なりをずっと逆にたどるだけだ。
こうして弾丸の1泊2日の大阪旅行は終了した。

結婚パーティーに参加することがメインということもあり、あまり大阪市内を観光する時間が取れなかったので、次に来るときはもっと計画を立てて街を見てみたいなと思った。
次に行くときは、自分好みのクラブイベントをやっているときに合わせて行くのもいいかもしれないな、とも思う。

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# by innocentl | 2018-04-25 18:17 | 日常 | Trackback | Comments(0)

エスコート

「それでは新婦の口から、エスコートしていただきたいゲストのお名前を呼んでいただきましょう」

明るく軽快なトーンで話す司会からそうアナウンスされるや否や、妹の手にマイクが渡される。さっき席についたばかりだというのに、それを聞いた妹はさっと立ち上がって、ドレスの裾が引っかからないように足元を気にしながら高砂から降りてこう言った。

「エスコートをお願いしたいのは、私の兄です」



妹から結婚パーティーの招待状が届いたのは、去年の12月だった。
妹とはたまに連絡を取り合ったり、食事に出かけたりしていたが、両親とは縁を切って生活しているので結婚式には呼ばれないだろうなと思っていた。

招待状と一緒に送られてきたメッセージには、午前中には両家の両親を呼んで人前式を行い、午後からは夫婦の友人のみを集めた結婚パーティーを行うと書いてあった。親には会わないように配慮するので出席してほしいと一言添えてあったので、LINEで出席すると伝えた。
式は現在妹夫婦2人が暮らしている大阪で行うため、招待状を返送してすぐに航空券の予約を取った。



結婚パーティーの当日は早く起きすぎてしまった。
7時50分のバスに乗れれば良いので、7時に起きればシャワーを浴びる時間も十分に取れるのだが、5時にはすっかり目が覚めてしまい二度寝もできなかった。
布団をほとんどかけないまま寝息を立てている彼氏を尻目に、トレーニングウェアに着替えてジムにでも行くことにした。

ジムは普段、深夜に行くことが多い。
こんな早朝に行ったのは初めてだったので、「この建物、東側に日を遮るものが無いんだな」と、目も開けられないくらいに眩しく朝日が差し込む中ぼんやりと考えた。
この日の東京は最高気温が28度まで上がるらしく、初夏を思わせる強い日差しの中でストレッチをしていたらじんわりと汗ばむほどだった。

目をつぶってストレッチをしながら「数時間後にパーティーに参加している自分」を、心の中で俯瞰し、「今頃、妹は起きただろうか」「式の当日はやはりバタバタしているものなのだろうか」と思いを馳せた。

トレーニングを終え自宅でシャワーを浴び、クリーニングに出していたスーツを着てシルバーのネクタイを締めると、筋トレのせいで会社員時代よりも首が太くなったのか単にスーツというものを着慣れなくなったから違和感があったのか、喉元がうっと詰まるような感覚を覚えた。「よく毎日こんな格好で仕事に行けたよな」と思いつつも、少し時間が経てば違和感もそんなになくなり普通に首も動かせるようになった。

相変わらずぐっすりと眠っている彼氏を差し置き、部屋に鍵をかけて最寄駅へと向かった。駅から出ている羽田空港行きの直通リムジンバスに乗ったが、朝が早かったこともあって予定よりも20分も早く空港についてしまった。m-floの最新EPを聴きながらバスに揺られていたが、最後の曲までは再生されないくらいの時間でたどり着いたようだ。

特に空港内でぶらぶら買い物したり、ゆっくり食事をする気分ではなかったので、カフェでトーストと野菜ジュースを買って胃に流し込み、さっさと保安検査場へと向かった。1時間以上搭乗口前で待たなければならないが、さして嫌ではなかった。

ロビーに腰を掛けて景色を眺めていると、思い出すのは妹が子どもだった頃のことばかりだ。
お化けや怖い雰囲気のものが苦手で、薄暗いサンリオピューロランドのアトラクションの入口で「手つないで」と頼んできたあのとき。
女の子っぽいフリフリしたものやピンク色が嫌いで、自分のお下がりの男物の服ばかり着ていたあの頃。
そんな妹が、今日結婚式を挙げる。



伊丹空港を出ると、むせ返るような熱気が肌を包んだ。4月だというのに大阪でも30度近くまで気温が上がっているそうで、熱中症に注意するよう空港のテレビからは警報が流れていた。特に名古屋では真夏日になっている場所もあるそうだと知ってうんざりしてしまったが、天気が悪いよりはマシかと無理矢理自分を納得させてバスターミナルへと歩いた。

ここからバスに乗って難波駅まで向かう。マップアプリで調べると、駅から徒歩15分ほどの場所にパーティー会場があるらしい。初めて訪れた難波は、なんだか高円寺と原宿を合体させて、規模を渋谷くらいにしたような街だなぁと感じた。そして道行く人々は、アジア系観光客が多いところも含めて、上野のアメ横を歩いている人種に似ているとも思った。



会場に着き、自分の席までスタッフにアテンドしてもらうと、そこには既に女性が3人座っていた。全員妹の高校からの友人だという。実家にいた頃に妹の口から名前はよく聞いていたが、会話をするのはほぼ初めてだったので、「いつも妹がお世話になっております。兄です」という若干堅苦しい挨拶を交わして着席をした。

天気や地元の話題で無難な会話をしていると、新郎新婦の入場がアナウンスされた。
新郎は白いタキシードを、妹は純白のウエディングドレスを着て、会場の後方からゆっくりと歩いてきた。
プロにメイクをしてもらっているからとか、普段見慣れていないドレス姿だからとか、理由はいくらでも後付できるだろうけれど、笑顔で高砂の方へ向かってくる妹はまるで別人かのように見えた。

新郎が先立って挨拶をし、新郎の友人が乾杯の音頭を取ってスタートした結婚パーティー。妹の元に寄って、「呼んでくれてありがとう」と伝えた。「遠いところ、来てくれてありがとう」と妹は返事をした。その後、友人たちが大勢妹の元に駆け寄ってきたので、自分は身を引いてバーカウンターでお酒を注文し、着席して妹が友人たちと談笑している姿を眺めていた。いい友人がたくさんいて良かったなと感じるのと同時に、自分が仮に結婚式を行うとしたらここまで駆けつけてくれる人たちはいるんだろうかという考えがふと頭を過ったりもしたが、おめでたい席でそんなことを考えるのも不謹慎に思えて、テーブルのカナッペとローストチキンを頬張った。



一通り妹夫婦とゲストが記念撮影などを終えると、早くもお色直しのために妹が中座することになり、エスコート役に自分が選ばれた。
ゲストたちに見守られながら腕を組んで歩いていると、気恥ずかしいやら「恥をかかせないようにしないと」と意気込んでしまうやらで、後から見せてもらったエスコート中の写真を見ると何とも言えない微妙な表情をしていた。
妹が僕の腕をつかむ力が意外と強く、小さい頃に手を繋いだときのあの感覚を思い出した。
お化けを怖がって、痛いくらいにぎゅっと自分の手を握っていたあの小さな手が、今はこんなに大きく大人の女性のものになっているなんて。月並みな表現だけれども、そう感じた。

会場から出て、控室に消えていく妹に「綺麗だよ」と伝えると、「ありがとう」と屈託なく笑っていた。笑顔を作るのが下手糞で、無理に口角を上げてもぎこちなく強面に見えてしまう自分とは違って、妹はちゃんと歯を見せて綺麗に笑うことができる。笑い顔は小さい頃から全く変わっていない。
やや時間を置いて新郎が会場の外に出てきたので、「じゃあ後はよろしくね」と伝え、2人が控室に入っていくのを眺めた。

自分の中で、何かが一区切りついたような、そんな瞬間だった。
幸せでいて欲しい。

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# by innocentl | 2018-04-23 19:10 | 日常 | Trackback | Comments(0)

身体が助けてと叫んでいたとき

ストレスを感じるとすべての人がメンタルを病むわけではなく、メンタル面で鈍感な人は胃に穴が空いたり鼻血が止まらなかったり、身体の方にダメージがいくらしい。

自分はかつて身体からのSOSに気づけず、いや気づいてはいたけれどもその声を無視して適切な処置を怠ってしまった結果、メンタルをぶっ壊した。
恐ろしいことにメンタルを病んでいる最中は「自分はまだ平気」「もっと辛い人もいるだろうし、この程度なんてことない」と自己暗示をかけてしまい、余計に身体と心に負担をかけるという悪循環が生まれる。
「今思えば、あれは身体が叫んでいたんだろうな」と思わせる出来事がいくつかあったので、忘備録的にここに書いておこうと思う。

・手足の皮が剥ける
仕事のストレスがだいぶ続いていた頃、手足が薄いゴム手袋をしているかのように皮が張った(?)ように感じられた後、痒みを伴って皮が剥け始めた。
湿疹のように(ように、というかそのものだが)若干腫れていて、指を曲げると痛かった。
この頃は食事も睡眠も取れていたし、メンタル的には「まだまだやれる」と思っていた。手足の皮が剥けたのも、季節の変わり目だからその手のストレスが原因なのかな?と感じていた。

・ミスが増える
「請求書の日付が先月のままだった」や「振込先口座の番号を間違えた」など、通常の自分だったら絶対に気づいていたはずのミスが増えた。
本来慎重な性格の人間なので、学生時代からこの手のポカミスはほとんどしたことがなかったので驚いた。
今思えばストレスで脳のワーキングメモリーが上手く働いていなかったんだろうなとは思えるけれど、生まれて初めての事態だったのでこのときはただただ焦って「バカになってしまった」「もしかして大人の発達障害ってやつなのでは」と、聞きかじった程度の知識で自分自身をADHDなのではないかと疑っていた。
心療内科に通うようになって医師に確認したが、ADHDは子どもの頃からの性質で判断するので、自分のように「急にADHDの性質のようなものが発現した」場合はうつやストレス障害の可能性が高いのだそうだ。
もちろん子どもの頃から心当たりがある人は仕事のストレスのせいで強く発現している可能性もあるかもしれないが、その判断は専門家に任せた方が賢明だ。

・甘いものを過剰に求める
もともと甘党なのだが、ストレスが多かった時期は甘いものを過剰に求めた。理由は分からない。
ネットで検索すればもっともらしいことを書いた論文などが出てくるが、それが果たして自分に当てはまるものなのかどうかは確信が持てない。
メンタルにダメージを受けると食べ物の味を感じなくなる人が多いそうだ。自分の場合、「辛い」「しょっぱい」など、味自体はわかった。
ただ、それが「おいしさ」に繋がってはいなかったと思う。
チョコレートやアイスは甘みが強いので、そんな状況の中でもほんのり「おいしさ」を感じることができたので好んで食べた。昼飯は板チョコ2枚とバームクーヘンだけ、という日も少なくなかった。

余談だが、「何かを食べたい」と感じることが「食欲がある」という状態だそうだ。
生命活動を維持するためだけに物を摂取することはできる、という状態は「食欲がある」わけではないという。
そういう意味では食欲がなかったのかもしれない。

・文字が読めなくなる
上の記事で詳しく書いているが、極めつけに現れたのは「文字が読めなくなる」ことだった。
文章を目で追うそばから文字が頭から抜け落ちてしまっているように感じられて、「文字を目で追うだけ」しかできなくなってしまった。
仕事のメールも何度読み返しても意味が理解できず、この頃になって「ああ、とうとうだめになってしまったんだな」と自覚することができた。

今から思えば、自分の場合はこれが身体からのSOSだったのだと思う。
次からは怪しいな、と感じた時点で適切な行動がとれるようにしたい。
ストレスを感じていると自覚することは容易ではないので厄介だが、自分の弱点を知っておくだけでもきっと違うだろうから、身体を労わってこれからも生きていきたい。

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# by innocentl | 2018-03-27 16:18 | 日常 | Trackback | Comments(0)

夜桜見物

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彼氏と夜桜見物をした。
もともと来週末に代々木公園にでも花見に行こうかという話はしていたのだが、今年の東京は予想外に開花が早く、来週には散ってしまいそうだったので仕事終わりに合流して花見に行くことにした。

屋台で焼き鳥数本とビール、たこ焼きと唐揚げを買ってどこか腰を掛けられる場所はないかと探していたら、小川のほとりにちょうど良い石段を見つけたので2人でちょこんと座って桜を見上げた。
大通りから1本外れた小道ということもあって、人通りもほとんどなく静かだった。

一緒に暮らしているので真新しい話題は出ないが、来月妹の結婚式で大阪に行く件が話題に上がった。
彼氏も同じ時期に連休を取れそうとのことで、もし有給が取れたら2人で行こうかという話をした。
一緒に行ったところで初日の夕方から夜にかけてと、翌日の昼過ぎくらいまでしか一緒に行動できる時間は取れないのだが、初めての大阪だし1人でふらつくよりは2人の方がまだ心強いかな、と思う。

20時になると提灯の灯りが消えるので、その後は近くの居酒屋に寄って熱燗と焼酎を何杯か飲んで帰ってきた。
毎年、花見と花火大会、オクトーバーフェストとクリスマスマーケットは欠かさず2人で行くようにしているので、これからもこの機会を大事にしたいなと、ぼんやりと思った。
来年もこうしていられるといいな。

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# by innocentl | 2018-03-26 12:52 | 日常 | Trackback | Comments(0)

バイク

知人からバッグを借りていたのだが、なかなか返す機会がなかった。
週末Twitterを見ていたら彼が夕方から暇をしていると呟いていたので、「暇ならバッグを返しに行っていいですか?」と聞いたらOKの返事をもらえたため、彼の最寄り駅まで行った。

駅のロータリーで待っていると、バイクに跨った知人が現れて若干面食らった。
話を聞くと伊豆までツーリングに行ってきた帰りだそうだ。
伊豆は5℃くらいしかなかったそうで、だいぶ厚着をしていたのが暖かな春の日にミスマッチだなぁとも感じた。
借りていたバッグを返すと彼は「良かったら少し乗ってく?」と尋ねてきたので、「じゃあお言葉に甘えて」と、後ろに乗せてもらい都内を少し走ることになった。

暖かい日だったけれどバイクに乗ると風を切るので肌寒くて、着ていたライダースジャケットのジッパーを首元まで閉めた。
ライダースという名前だけあって皮のジャケットは風邪を一切通さなく快適で、やっぱりバイク乗りの服なんだなと実感した。

調布から新宿まで二人乗り。
電車に乗っていると退屈に思えるが、バイクだとあっという間だ。
普段は地下鉄での移動が多いから、景色が目まぐるしく変わるのが新鮮で面白い。
新宿に差し掛かると明らかにそれまでとは違い街の光量が多くて、東京って電車で移動するよりも車やバイクで移動したほうが楽しいのかもしれないと思った。
効率で考えれば地下鉄を使った方が良いと思うけれど、気分の問題だ。

新宿駅で降ろしてもらい解散したが、想像以上に楽しかったので「原付でも買おうかな」と思ってしまった。

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# by innocentl | 2018-03-19 11:09 | 日常 | Trackback | Comments(0)