大阪

春に妹が大阪で結婚式を挙げる。
あいにく家族とは不仲なので式自体には参加しないが、ウエディングパーティーには参加する予定だ。

学生の頃に修学旅行で関西方面に行ったことはあるが、大阪は初めて行く。
新幹線やバスなどいろいろ行き方を調べていたが、飛行機で伊丹空港まで行くのが一番良さそうだった。

金額でいえばこだまに乗っていくのが一番安いのだが、片道4時間近く座っているのはしんどいし、のぞみやひかりに変更するとかなり割高になる。
曲がりなりにも結婚式なので支度もそれなりにしなければならないし、朝が早すぎるのは辛い。
その点、飛行機なら最寄り駅から羽田まで直通バスが出ているし、フライトも1時間程度で空港に着く。
羽田までのバス代や伊丹から会場までの交通費含め、トータルの金額は新幹線で行くのとほぼ同じだ。
自宅を出発してから3時間もあれば会場まで着ける。

急がない旅ならこだまを使っただろうが、今回は飛行機がベストだった。
と、無理やりにでも思っておかないと、この後も価格比較サイトや予約サイトを見てしまい「やっぱり新幹線にしておけばよかった」と後悔しそうなので、決意表明的にこの記事を公開しておく。

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# by innocentl | 2018-02-14 12:18 | 日常 | Trackback | Comments(0)

時間を奪ってくれる

何かの本で読んだけれど、「仕事は楽しい時間を奪っていくけれど、それと同じように辛い時間も奪ってくれる」と書いてあった。
仕事のせいで楽しい時間を奪われ悲しくなることもあるけれど、それと同じように仕事が忙しくて良かった、と思うときもある。

確かにそうだな、と思った。

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# by innocentl | 2018-01-30 12:04 | 日常 | Trackback | Comments(0)

世界が終わる前の日も

普段19時くらいまでには帰宅しているはずの彼氏が珍しく残業で、24時を回るくらいに帰ってきた。
自分だったら軽く食事をとったあとシャワーを浴びて、さっさと寝てしまうところだが、彼は晩酌のルーティンを崩さずに缶ビールを開けていた。

明日世界が終わるとしても、きっとこの人は同じように過ごすのだろうなぁと思いながら、僕は先にベッドに入った。

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# by innocentl | 2018-01-25 16:15 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

家族とはなんだろう

地方から上京している友人と食事をした。
普通の26歳ならちょっと良い居酒屋かどこかで話すものなのかもしれないが、金がない同士なので床がぬるぬるしているような安い中華屋を待ち合わせ場所に選んだ。

今年に入ってから初めて顔を合わせたので、何気なく「正月は実家に帰らなかったの?」と問いかけると、彼は「飛行機代も高いし、数日だけ実家帰るってのもね。友達には会いたいけど」と答えた。
「不仲ってわけじゃないんでしょ? 帰れる場所があるなら帰った方が良いと思うんだけどな」と、ご存知の通り実家と縁を切って生活している自分は本当に何気なくそんなことを口走ってしまった。多分、「自分は家族いないけど」という自己憐憫めいた感情も含んでの言葉であった。すると一瞬彼の顔が曇ったのが見えて、「家族の話、しない方が良かったかな」と焦って口にした。

初めて聞かされた話だが、彼は親がいない人だった。
自分自身も同じ親がいない人間なのにも関わらず、「自分は違うけれど、世間一般の人は温かな家庭を持っているものだ」というバイアスを持っていたようで、本当に日常会話のつもりでそんなことを口走ってしまったのが恥ずかしい。
自分だって「正月実家帰らなかったの?」「ご両親はどちらにお住まいなんですか?」などと聞かれると、「またか……」と思いつつものらりくらりと交わしていたのに、自分がそんなことを聞く側になってしまっていたという事実がショックだった。

でも、彼に家族がいないというのは何となく今まで接してきた中で察してきていた部分もあった。その日急に核心に迫ってしまったから一拍置く余裕がなかっただけで、思えば彼の今まで話してくれた「家族や実家にいたときの話」というのは具体的なエピソードが一切なく、だいぶぼやけて実体がなかった。

少し酔っていて、自分が実家と絶縁して暮らしているという話を打ち明けた後だったこともあり、彼も親がいないという環境で育ったことを色々と話してくれた。
彼は学校に通っているときはとにかく辛かったこと、働き始めてからは一人で生きていく術を身に付けられてコンプレックスが多少改善されたこと、地元の県には学生時代の友人はいるが特に帰る理由がないことなどを、ぽつりぽつりと語った。
「どうして親がいないんだろう」と常に悩んでいたという。

自分の場合は世間体を気にする両親の影響もあり、外面上は「笑いの絶えない明るい家族」で通っていたが、あらゆる面で妹に比べて冷遇されているなと感じたり(妹のことは好きだが)、「世間様に自慢できる息子であれ」という圧力が相当なプレッシャーでいつも生きた心地がしなかった。
結局、最初の会社で精神を病み退職をして「自慢できる息子」でなくなった途端、家族は僕を邪険に扱うようになって、我慢できずに家を飛び出し今に至る…という話を彼にした。

「どっちがいいんだろうね。家族が最初からいない人と、家族はいるけど機能してない人」と、すごくフラットに彼はつぶやいた。
「どっちがいいとか悪いとかじゃないと思う。君だって立派にやってるし、自分もボロボロだけどなんとか食べていけてはいるし。いろんな事情があるってだけの話なのかもね」という、我ながら毒にも薬にもならないなと思う返答をしながら、味付けが濃すぎてしょっぱい半チャーハンをかきこんだ。

いずれにしても互いに共通しているのは「帰る場所がない根無し草」ということで、「失業したり心を病んだり、次に躓いちゃったらどうやってその後を生きていけるかな。リカバリーするために身を寄せる場所や、それができるだけのお金や時間も自分たちにはないよね」と自虐的に笑いあって、安いウーロンハイで乾杯した。

いろいろあるけど、辛くても悲しくても、笑ってやっていくしかないのだ。

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# by innocentl | 2018-01-22 13:09 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ウリ専の受付

そろそろ書こうと思うことがある。
ほぼほぼ無職だった期間、僕はラブホテルの受付でアルバイトをしているとブログにも書いていたが、実際は違う。
男の従業員が男性相手に性的マッサージを行う店の受付業務をしていた。要はウリ専の受付だ。
この記事に書いた仲良くなった風俗嬢たち、というのは、実際は店に勤めていたゲイの男性たちのことを書いている。
このブログは完全に匿名というわけではなく、友人などが読むこともあるためになんとなく後ろめたくてそう隠していたが、もうそろそろ本当のことを書こうと思い筆を執っている。
というか、後ろめたく感じていること自体が店に勤めていた人たちに失礼かもしれないとも思う。

事の経緯はこうだ。

前職を辞めてから数ヶ月経ち、ライター業務をしながらも業務量としては多くなく、やはり生活していくのには金が必要だと思い始めたもののどうしていいのかがわからない。
コンビニだの古本屋だのいわゆる「まっとうな」バイトは数多くあれど、メンタルが不安定な状態で1から「まっとうな」場で働いてゆく自信がない。
メンタルが健康な状態なら別になんてことないが、ゲイであることを隠しながら周囲と世間話をするというのも精神的に摩耗するし、それを対処できるだけの心の健康は回復していないと自覚していた。
そこで「性的マイノリティ(ゲイ)であることを隠しながら働き続ける必要のない場で働こう」と思い立ち、つらつらとゲイ専用の求人情報サイトを見ていたら「マッサージ店の受付スタッフ募集(週3日程度)」というものを見つけ応募した、というわけだ。

応募した店は分類上「マッサージ店」で、本番行為はなし、ヌキはあり、というタイプの店だった。
別に受付スタッフだし自分が性行為をするわけではないが、なんとなく本番アリのウリ専に勤めてしまうと「どっぷり夜の業界に浸かってる人」のように思われそうで嫌だったという、しょうもない理由がある。同じ穴の狢じゃないか、と笑ってしまうが。

詳しいことは書かないが、店は新宿や渋谷などの都会ではなく、山手線でも「用事がないから降りたことないよ」という人がほとんどの地味な地域にある店にした。
単純に自宅から近いエリアの方が楽じゃないかという思いもあったが、これも新宿や渋谷だと知り合いに会ってしまうかもしれないし、ウリ専がたくさんあるエリアを歩いていることがバレたら「あいつ、ついに身体売り始めた」とあらぬ噂が立つんじゃないかという懸念があったからだ。何かしら理由がなければ若い人はまず立ち寄らないような、寂れたエリアを選んだ。

面接を担当したのは坊主頭で、50代後半くらいの男性だった。以降、彼を店長と呼ぶ。
「確認するけど、マッサージスタッフ(性的マッサージをする人)じゃなくて、受付スタッフ希望なのね?」と何度も聞かれた。
マッサージスタッフは完全出来高制で、付いた客の数で日当が決まる。60分のマッサージと手コキで手取りは5000円くらいだと聞き、確かに時給で言えば破格なのかもしれないけれど、客がつかないリスクなどを考えると案外べらぼうに高給なわけでもないんだなと思った。
受付スタッフは時給1100円で、朝11時の開店から23時の閉店まで1人で担当することもあれば、シフトで別のスタッフや店長と交代することもあった。

「ゲイなのよね?」「男の人に受けそうな顔してるからマッサージスタッフでもいいのよ」と店長はしつこく僕をマッサージスタッフとして採用しようと交渉してきたが、身体を売ってしまったら何かが終わってしまうような気がして、「いえ、受付業務希望です」とだけ返事をした。
受付スタッフとして採用されないようなら、諦めて帰ろうと思っていた矢先、店長は「わかりました。いつから来れますか?」と引き下がり、僕に出勤日を訪ねた。
こうして晴れて僕はウリ専の受付に採用された。

出勤初日、「ここではみんな本名じゃなくてスタッフ名(源氏名)をつけてるんだけど、他のスタッフが何て呼べばいいかわからないだろうから君もスタッフ名を考えて」と店長に言われ、たまたま待合室に置いてあったファッション誌の表紙に載っていた俳優の写真が目に入ったので「○○でお願いします」と、彼の名前を伝えた。
最初に伝えた俳優の名前は渋すぎて年齢とそぐわないということで却下され、「他にもあるでしょう。サトシ、タクヤ、ショウタ、ユウタ……」と店長が20代前半っぽい名前を次々とあげていったため、その中に含まれていた「テツ」と名乗ることにした。

「テツ」になってからは、週に3回店に出た。
駅から5分ほどの雑居ビルの中に入っている店の受付で、メールや電話で入った予約を処理して客をさばいたり、店内で待機しているスタッフに客が来たことや予約が入ったことを知らせたり、浴室や部屋の掃除、洗濯などをして過ごした。

店にはいろいろな人がいた。
中には馬が合わない人もいたが、受付スタッフとマッサージスタッフとは適切な距離感というか、壁があったため、別段衝突することはなく過ごせた。
馬の合わない人が出勤しているときはおとなしく業務に没頭したり、(店長に許可を取り)個人で請け負った原稿を書いたりして過ごしていたし、そこそこ話せる相手がいるときはスタッフの待機ルームで一緒になっておしゃべりをした。

地味だが業界では老舗ということもあり、スタッフは10代~40代と幅広かった。
おそらく新宿のウリ専となるとニーズに応えるために店ごとにもっと年齢層は絞られるだろうし、そもそもの平均年齢も下がるだろうし、このエリア特有のラインナップなんじゃないかなとも思う。

小遣い稼ぎの大学生、副業でやってるサラリーマン、開業資金を貯めるために働いている本業のマッサージ師、掛け持ちのフリーター、田舎から出てきたばかりで店の休憩室に住み着いている人など、いろんな人がいた。
なんとなく身体を売ってる人は「訳あり」なイメージがあったが、「俺たちしょうもないよな」という自虐的な雰囲気はどこかに漂いつつも、全体的に和気あいあいとしていて飄々としている姿が印象的だった。むしろ、当時くすぶっていた自分は彼らの姿を見てどこか勇気づけられている節もあった。
「テツくん、テツくん」と気さくに声をかけてくれるグループもいて、食事に誘ってくれることもあった。食事といっても、お互いお金がない者同士なのでたいていはコンビニのイートインスペースだったり、給料日後は少しリッチに駅前の日高屋やジョナサンに行った。

開店後すぐと閉店間際は忙しかったが、それ以外は暇な時間が多いバイトだった。
年齢が同じくらいのマッサージスタッフが教えてくれたゲームアプリをやったり、本を読んだりして過ごしていたが、窓がない(雰囲気づくりのため全てカーテンで塞いでしまっている)店内は時間の経過がわかりづらかったのを覚えている。
ただ、僕の話し相手をしてくれてワイワイと過ごしている彼らも客が入れば下着姿になって、個室へ入ってゆく。
休憩室で見せていた笑顔とは違った、穏やかなほほ笑みを携えて客の相手をしている彼らを、どこか別次元のもののように見ていた。
扉を隔てた向こうでは、彼らは仕事として客の性器を弄んでいる。場の雰囲気を盛り上げるために卑猥な言葉を発したり、キスをしたりもしているかもしれないと思うと、なんだか胸がざわついた。
嫌悪感とかではなく、多少なりとも人となりを知っている相手が数メートル離れた個室の中で性行為のようなものを行っている、と考えると、なんだか居心地が悪かったのだ。
仕事を終えてシャワーを浴びたあと、彼らがいつも通りの顔で、本当に何事もなかったかのように「お疲れ様です」なんて声をかけてきたりするので、余計に、だった。

結局10ヶ月ほどその店に勤め、今の会社にフルタイム勤務が決まった時点で退職を願い出た。
たまに小言を言われたりして「うるさいな」と思っていた店長も、「何かあったらまたいらっしゃい」と声をかけてくれて、不覚にもうるっときた。
「お世話になりました」と頭を下げ、給料が入った封筒を鞄にしまい、それきりその店付近には立ち寄っていない。

風の噂で聞いたが、古株の40代のマッサージスタッフを除いて、自分が顔を知っているスタッフはもうほとんどその店に在籍していないという。
それでも、2015年の秋から2016年の夏にかけてあそこで働いたという事実、お金がなくとも毎日必死で生きようとしていたスタッフたちのどこかあっけらかんとした態度や考え方などは、これからの人生でたびたび思い出すことなんだろうと思う。

東京のどこかで会ったら、挨拶をできるだろうか。
そもそも、彼らはまだ東京にいるのだろうか。

「今、こうやって生きてるよ」と、彼らの声をもう一度聞きたい気もするけれど、子どもじみた感傷と断ち切った方が良いのか、まだ僕にはわからない。

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# by innocentl | 2018-01-15 18:29 | 真面目な話 | Trackback | Comments(0)