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学生時代からの友人たち

学生時代から付き合ってきた友人たちと、話が合わなくなってきた気がする。

学生時代からの付き合いがある友人たちはみなシングルで、かといって現状では長く付き合える相手を探したいわけでもなく、短期間の恋愛や友人関係をまだまだ重視していきたいというアクティブな人たちだ。

そんな彼らは自分のことを「5年も付き合っている相手と一緒に暮らしていて羨ましい」と話すが、自分たちの関係は彼らの考えているような蜜月な同棲生活のようなものではない。
洗濯物を床に置いたままにするなとか、片方がプロバイダー乗り換えの手続きを面倒くさがって工事が遅れたとか、生活を共にするうえで起こり得るそれなりの理由でケンカもするし、好きだの嫌いだのの感情だけで付き合っているわけではない。
ある程度お互いが妥協して、生活を送るうえでのパートナーとして「ふたり」でいるわけであって、「SEX AND THE CITY」みたいな甘ったるい言葉を囁きながら“キラキラ・ドキドキ・ワクワク”な暮らしをしているわけではないのだ。

せいぜい2~3ヶ月続けば御の字みたいな、学生時代にする恋愛話ならまだしも、「今もセックスしてるの? どんなことしてるの?」「記念日にはサプライズとかし合うの?」とか、そうしたことを根掘り葉掘り聞かれるのも疲れてしまう。
その場では空気を壊さないように笑ってやり過ごすが、正直よくありがちな“既婚VS独身”の構図に陥っているのだと思う。
ゲイカップルという立場だが、感覚的には「子なし既婚」のようなものなので、もう夜遊びもほとんどしないし、「今から集まろう!」みたいな突発的な旅行もできない。
友人たちからすれば、つまらない男に成り下がったのだろう。

ライフステージが変われば話も、遊び方も、生活スタイルも合わなくなるものだし、年に1回程度会うくらいの関係がちょうどいいのかな、と感じてしまった。
かと言って、周りには似た環境のゲイカップルもいないし、「立場が同じ」友人作りも今更できないのだが。

# by innocentl | 2019-08-20 11:32 | 日常 | Trackback | Comments(0)

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# by innocentl | 2019-08-14 13:11 | 日常 | Trackback | Comments(0)

フェアであらねば

知人のDJが2丁目のクラブイベントのラウンジで回すらしく、インスタのDMでインビテーションが届いた。
メインフロアで回すのはあまり関わりのない界隈のDJだらけで、正直楽しめそうになかったので(酔っぱらって誰彼構わず話しかければそれはそれで楽しいだろうが)、まぁ挨拶代わりに1、2杯ほど飲む程度ならと思い、出かけることにした。

オープンの21時から24時頃まで回すとのことで、22時頃に入場してみたが通常この手の大型イベントが盛り上がるのは終電後くらいの時間帯のため、当たり前だが人はまばらだった。
セキュリティを抜けてすぐのバーカウンターでジンバックを2杯頼んで、ラウンジで回している知人に軽く手をあげて「来たよ」とアピールしながら、グラスを受け渡し2人で乾杯をした。

しばらくラウンジで過ごしていたが、2杯目の酒がなくなる頃にトイレに立ち、その足でメインフロアの方を覗いてみた。だんだんと人が集まってきており、フロアの中心部の方には興奮して激しく踊るグループの姿も見えた。この時間から興奮して踊りまくりDJにヤジを飛ばしているのだから、おそらく界隈の関係者だろうなと推測しつつ、「こっちの方で楽しめそうにはないな」と改めて思って踵を返そうとしたら、「あれ、久しぶりじゃん」と誰かから声をかけられた。

暗すぎるフロアで目を凝らして顔を見てみると、2年ほど前によく食事に出かけていた男が立っていた。たしか出会いはInstagramで、自分が職場近くの飲食店でランチをしている写真なり動画なりをアップしたら反応してくれたのが馴れ初めだった。「俺もその近くに勤めているから、ランチにでも行こう」と誘ってくれたので、何度かランチをした後に、飲みにも出かけるようになった。

ある日彼がとあるクラブイベントに誘ってくれ、自分も興味があったので一緒に出掛けることになり、イベントが始まる前に近くのカフェで食事をすることになった。近くの席に座っていた女性たちはまだ20時台なのにベロベロに酔っぱらっていて、「これからどっかに飲みに行くの?」と、やけにフレンドリーに話しかけてきた。二丁目近くのカフェということもあり、この手のことは日常茶飯事で、観光客でないことが表面に表れている自分は「おすすめのゲイバーはどこか」「テレビで見るような女装家の人たちにはどこで会えるのか」などと質問されることは多いが、その日彼女たちから投げかけられたのは「あなたたちは付き合ってるの?」というものだった。

どきり、とした。彼は自分に付き合っている相手がいるかどうか確認しなかったし、自分は自分で特段自ら主張することでもないと捉えていたので、彼氏がいるとは話していなかった。彼とのことを浮気行為だとか思っていたわけではないし、聞かれなかったから答えなかっただけだが、傍目からすれば不誠実なのは自分だろう。どうか笑って「そんなことないよ、ただの友達」と否定してくれと願っていたが、彼の口から出たのは「俺は、付き合いたいと思ってるけどね」という言葉だった。

これで正真正銘、自分は下賤な男に成り下がった。その場では曖昧に微笑み返したが、それからというものの気まずさからだんだんと彼と顔を合わせる機会も減っていき、ここ1年は連絡も取っていない状態だった。

そんな彼が、自分の前にまた現れた。「久しぶりじゃん」と、オウム返しのように返答したら、彼は「まだ職場は○○駅なの? またランチ行こうよ」と8割の確率で社交辞令だと思われる挨拶を繰り出し、大人としてその場を収めていた。あのとき、彼は自分の反応で何かを察しただろうか。彼はモテるタイプなので一切気に留めずにそのまま他の誰かとよろしくやっていてくれているだろうが、あのときの彼氏に対する背信と、彼に対する背信による気まずさは今でも忘れられない。

子どもではないのだから、もう「そんなつもりはなかった、気を持たせていたのならごめんなさい」で誤魔化すことは許されない。フェアであらねばならないことを強く感じさせられた瞬間だった。

「そうだね、ランチでも行こう」
辛うじて返した返事は言葉だけが上滑りしているように感じた。たぶんもう会うことはないだろう。

# by innocentl | 2019-05-07 14:45 | 日常 | Trackback | Comments(0)

クライアント

仕事をしていると、ゲイのクライアントを相手にすることもある。
自分自身は仕事関係の相手にカミングアウトもしていないし、仕事をするうえでセクシャリティを明かす必要などもないと思っているので、特に気にせずに通常通り業務をこなすのだが、やはり見る人が見ればバレる。

昔ならば「あの人、ゲイっぽいけど、実際はどうなんだろう。聞いてみるのも失礼だし……」ということで、表面上は波風立てずに事が済んでいたのかもしれないが、今はアプリやSNSでサーチをすればあっという間にその人がゲイか否かが判明してしまう。

通常通り業務の打ち合わせをした後に、メッセージアプリ経由でクライアントから「やっぱりそうだったんですね」といったような内容のメッセージを送られるとうんざりしてしまう。
彼らのようなタイプはよく言えば友好的なのだが、あいにくこちらは仕事上でそのフレンドリーさは求めていない。
彼らは「善意で」ゲイが集まる飲み会やクラブイベントに自分を呼んでくれたりもするのだが、こちらとしては「断ってしまったら今後仕事でやりづらくなる」「案件を飛ばされたりでもしたら会社に迷惑がかかる」と思ってしまい、正直言って迷惑だ。

これは、仕事上の関わりでしかない男性に迫られて困っている女性の心理と似ているのだろうか。
明らかなセクハラやパワハラだったら声を上げて抗議することもできるが、相手はあくまで善意で誘ってくれているわけだし、かと言ってそれを無下にすると業務に支障が出そうだというこのもどかしさ。
機械的に仕事だけこなしていたいのに、性という己の力だけでは抗えない要素が自分の仕事の足枷になっていると感じるこの苛立ち。

だとしたら発生頻度が高い分、女性の方が生き辛いなと、ぼんやり思った。

# by innocentl | 2019-03-01 15:09 | 日常 | Trackback | Comments(0)

年賀状

親から年賀状が届いていた。
よくあるかわいらしいイノシシのイラストが描かれたハガキに、「去年は妹の結婚式で大阪まで行ってくれたようですね。ありがとう」と、一言だけ書かれていた。

年賀状を受け取ってから数日間は適当な場所に放り投げて保管していたが、コンビニで赤のサインペンを買ってきて、宛名欄に大きくバツ印をつけてから「受取拒絶」と、なるべく荒々しい大きな文字で書きなぐった。
叩きつけるように印鑑を押したらそのままの勢いで最寄りのポストまで歩き、そのハガキをぐっと奥まで押し入れた。

風の噂で、親が国に指定された難病にかかったのだと聞いた。
だから何だというのだろう。
こちらが精神を病み実家に身を寄せていたときは金の無心をし、「働かないなら出ていけ」と罵り、金額は少ないけれど次へと繋がる仕事を細々とこなしていても「そんなものに意味はない」と否定してきたのに、自分が弱ったら助けてもらえるとでも思ったのだろうか。
急に擦り寄ってきて気色が悪い。

親という色眼鏡を外して見ると、両親は外道だ。
流行りの言葉で言えば毒親だ。
妹のことを恨んでいるわけではないが、妹との待遇の差にいつも傷つけられてきた。
親の理想の子になろうと、理想の子どもになれば自分の方へ振り向いてくれるだろうと思い込んで、親が望むことばかりをやってきたので自分のやりたいことや意志というものがある程度成長しきるまで生まれなかった。
自分は親の胎内にずっと囚われていたのだと思う。

年賀状に書いた「受取拒絶」は、へその緒を切るのと同じ行為だ。
もう自分は親の所有物でも操り人形でも何でもなく、一人の成熟した大人の男性であるので、二度とこちらの人生に踏み入らないでほしい。
親とは言え、血が繋がっているだけで所詮は他人だ。

# by innocentl | 2019-02-16 16:10 | 日常 | Trackback | Comments(0)