前に住んでいた街

一人暮らしをしていた横浜の街を歩く機会があった。
いい思い出もないし憎んでいる人も多いため、前職を辞めてから2年近く一切横浜には立ち寄らなかった。

JR横浜駅を降りて川沿いに歩き、前暮らしていたマンションを目指した。
人がごった返している駅前を歩くのが嫌いだったので、わざと人通りの少ないこの道を通っていたことを思い出しながら道を進んだ。
横浜は坂が多い。長らく関東平野特有の真っ平らな地方都市で過ごしてきた人間からすると高低差が激しくて位置関係がうまく把握できない。

高台にのぼると、みなとみらいのビル群や観覧車が見えてきた。
住んでいたときはいろいろなことが嫌になっていたので街すら憎んでいたが、今見ればけっこうきれいな街なんじゃないかとも感じた。
休日の昼間ということもあり、高台の住宅街は人の気配がなくしんとした静寂が広がっていた。

一人暮らしをしていたときによく通っていた商店街をぐるりと歩いてみたが、休日だったのでほとんどの商店が閉じていた。
新しいマンションが数棟建っているほかは2年前と全く変わりなく、このままあのマンションの一室に帰ってごろんと床に寝転ぶ姿さえリアリティをもってイメージできた。
部屋に入ったときのひんやりとした部屋の空気、粗めのカーペットの肌触り、少し離れた国道の車の音などを思い起こし、確かにここで暮らしていたのだと改めて感じた。

この街で生きていたとき、いい思い出だってあったじゃないか。
彼氏が遊びに来たときはポップアップバーで売っていたモヒートを飲みながら海沿いを歩いた。
友人と安い居酒屋で語り明かしたことだってあるし、うまいラーメン屋だって見つけた。

一人暮らしを始めてから、生きていくうえでいろいろなことを学んだのだってこの街だった。
生きていく力をこの街で養った。
残念ながら悪意ある人々に囲まれてきれいな会社の辞め方をしなかったけれど、生活面で憎むべきところは数えるほどしかなかったのかもしれない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはよく言ったものだと思う。

トラウマの克服とまで大げさなことを言うつもりはないが、少し心の中につかえていたものは取れたような気がする。
かとってこの街に今後来る機会があるかというと全くそうではないが、ここに置いてきてしまったきれいな思い出だけは拾って帰ろうという心づもりでいよう。

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# by innocentl | 2017-02-21 18:25 | 日常 | Trackback | Comments(0)

ないものねだり


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# by innocentl | 2017-02-21 17:56 | 日常 | Trackback | Comments(0)

生きているうちは

正月、母から年賀状が届いていた。
ありがちなテンプレートが印刷された年賀状に、母の好きなキャラクターのシールが小さく貼ってあり、「毎日健康に」といったような内容が一言だけ書いてあった。

「息子はいなかったものだと思って生活してほしい」と、以前手紙で伝えたつもりなのにな、と肩を落とした。
子どもはいないし、そもそも作ることができない身体なので、親の気持ちは僕にはわからない。
これは彼女なりの贖罪なのか、後悔の表れなのか。

いずれにしても覆水盆に返らずというか、壊れてしまったものはもう二度と修復できないし、するつもりもない。
そもそもの話になってしまうが、最初から母も母で「理想の家庭」を高く掲げすぎて無理して理想を演じていただけかもしれないし、その「理想の家庭劇場」の舞台裏を見てしまった僕が勝手にショックを受け、傷ついて家を飛び出しただけなのかもしれない。

家庭のことはそんなに話さないが、どうしても話さなければいけないときには「親はいない、生きているのか死んでいるのかもわからない」と伝えて過ごしている。
世の中「家族は無償の愛で繋がっている。困ったときに助け合えるのが家族」という宗教を信じて過ごしている人が想像以上に大多数を占めているので、自分のような無宗教者はアウトローとして扱われ、腫れもの扱いをされる。
そのおかげで深入りされずに済んでいるところだけは感謝すべきことであるけれども。

親も人間なので完璧である必要はないし、人として間違ったことを犯してしまうことだってある。
そうではあるけれども、当時メンタルも充分に回復していないどん底の状況で拒絶をされたという事実は深く傷つけられたことであったし、到底「完璧な人間なんていないよね。はい、喧嘩両成敗」で済ませるものではない。
こういう時、相手が他人だったら関係を切って終わりにしていたのが元来の自分なので、それに従って関係を清算したまでだという話だ。

親と縁を切って生きるというのは想像以上に気楽で、自由で、「ようやく自分の人生を生き始めることができたな」と清々しい気持ちなものだ。
今まで自分の中で無意識にブレーキをかけていた部分や、(意識下なのか無意識下なのか)勝手に制限をかけていたものが取り払われた気分だ。
その分孤独であるし、自分の保護者は自分なので責任を負わなければいけないものも多いけれど、得たもののほうが多い。

時折悲しみや辛い気持ち、怒りがフラッシュバックすることもあるけれど、これも別に悪いことではない。
そうした心の傷も含めて「自分」だし、折り合いをつけて上手に付き合っていくしかない。

少しずつだけれども、自分の足で歩き始められている。
今度親から手紙が届いたら、もう一度「息子は死んだものだと思え」と伝えるつもりだ。
子を育てるのは親の義務だし、ある程度まで育ててもらった恩義はあれどそれに囚われる必要はない。
薄情と言われようがその後のことは知ったことではないので、いつまでも「死んだ」息子の亡霊に囚われていないで親にも親の人生を生きてほしいと思う。

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# by innocentl | 2017-02-14 18:13 | 日常 | Trackback | Comments(0)

金曜22時過ぎクラブにて

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ライター貸してと話しかけられた。
2時間後、この人を抱くだろうなと思った。

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# by innocentl | 2017-01-20 22:19 | Trackback | Comments(0)

LOVE

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# by innocentl | 2017-01-15 13:11 | Trackback | Comments(0)