支え

「今の彼氏とは付き合ってどれくらいなんですか?」という質問に、「そんなに長くはないです。3年くらい」と答える。
社会人になってからというものの1週間は長いが1年が短く感じられ、3年という月日はあっという間だった。
前の会社にいるときに付き合い始め、仕事を辞め、なんとなく同棲を始めて……と、ここ数年で起こった出来事が多かったので、気づけば3年経っていたという感覚だ。

学生の頃とは時間に対する感覚がやはり異なる。
あっという間に死ぬんだろうな、と思う。



年数で言えば初めての彼氏がいまだに一番長い付き合いだ。
初めて付き合った彼氏とは高校時代から4年半ほど付き合った。
過ぎてしまえばあっという間のことなのかもしれないが当時は年齢が若かったこともあり、4年半という月日は相当長いものに感じられた。

別れた当時は若さゆえに自己憐憫の涙を流したこともあったけれど、どっちが悪いとかいう話ではなく、互いがうまくマッチングしなくなっただけのことだった。
付き合っている期間、彼の父は事故に遭い介護が必要になった。母も軽度の認知症を患っていることがわかり、彼はそれまでしていた仕事を辞め、転職活動をするようになった。
実家が裕福だから心配ないと言い、(おそらく子ども扱いされていたのだが)彼は自分に家庭の状況を話すことは多くなかった。

何度か転職をしていたが、職場環境と合わなかったり介護の必要な両親を抱えているために起こるさまざまな問題のため、どこも長続きしておらず精神的な余裕を失っているように見えた。
その頃自分は大学に入学し、少しずつ学内でもゲイ関係でも交友関係が広がっていった。
周りの友人たちはみな年相応に遊んだり学校に通ったり、人生を楽しんでいるように見えて眩しかった。
一方で彼は仕事や家庭のことに必死で前ほど友人たちと出かけることもなくなっていたし、自分に対して執着というか束縛というか「縋る」ような形になってきており、それが当時20歳前後の自分にとっては重く感じてしまっていた。
「死にたい」「今抱えてるものをすべて手放して消えてなくなりたい」という愚痴も増えていた。
同世代が楽しそうにキラキラと毎日を過ごしている(ように見えた)なかで、自分は鬱屈した感情を抱えて精神的に不安定になっている彼氏と暗闇の中で脆いガラスの上を歩くような関係を続けていっており、その対比がさらに自身の虚しさを強調させていた。

自分がそのとき彼と同じくらいの年齢で働いており、ある程度の収入があるということであれば別の支え方もできたのかもしれないが、学生だった自分にとって彼の抱えているものはあまりに大きすぎて、彼越しに伝わってくる不安とか絶望感のようなものが自分も蝕んでいくように思えた。
思い返せば寄りかかる彼を跳ねのけて自分は逃げたのだ。

最後に会ったときのことをまだ覚えている。
たぶん普通に食事をとったあとにセックスをすることになったのだが、なぜか涙が止まらなくなってしまい「もう無理だ」と自分から伝えたはずだと記憶している。
そのとき彼は仕事か何かで箱根に行ってきた際に買ってきてくれたお土産を持っていたのだが、受け取らずに部屋を飛び出して駅に向かった。
その日の夜に「お土産、捨てるね」と短いメッセージがSMSで届いていたが、その短い一文の中に彼の寂しさとか呪詛めいたものを感じて、自分を責めた。
数日後に改めて別れ話のようなものをメールで送りあったが、それきりだ。
たぶん別れ話もきれいにまとまってはおらず、どこかで途切れてそのまま音信不通なだけだったと思う。
4年半付き合ってきて、終わりはあっけないものだった。あれ以来、どこかで偶然に元彼と会うということもない。

今の彼氏とは互いに社会人ということもあり、ある程度自立した人間同士で付き合いをしているから、今のところはバランスがとれていると思う。
なるべく穏やかに、バランスを崩さずに生きていけたら、とひっそり思う。

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# by innocentl | 2017-07-13 12:52 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

性欲とセックス

ポルノは好きだがセックスは苦手だ。
性欲は人並みにあるほうだし、性的なコンテンツへの興味に至っては人以上にあるかもしれない。
アダルトビデオメーカーの新作情報や男性モデルの写真など、毎日増えてゆくブックマークを見て自分で自分に引くこともある。

ただ実際にセックスをするとなると話が別だ。
もともとアナルセックスが得意ではないということもあり、なんとなくセックスに対して面倒なものという感覚がぬぐえず、気が付けば25歳も半ばを迎えてしまっている。
いわゆるヤリマンの知人などはみな積極的に、主体的にセックスを楽しんでおり、セックスに価値を見出しているように見える。
身体と感情をうまく操縦しているように見えて羨ましい。
セックスの何が苦手というと、不安なのだと思う。
相手を満足させられるだろうかという過度なプレッシャーが大きく、その不安ゆえに集中できないことが少なくはない。

セックスの手前までは好きだ。
食事なりナンパなり色々手段はあるけれども、自分にとっては「自分とセックスをしてもいいとこの人は思ってくれたんだ」と実感するところがピークで、それ以降のセックスに向かう段取りは全て気持ちが盛り下がる要素であり、行為を終えたときに感情の振れ幅が底に付く。
普通(この言葉は本来使いたくないが)だったらセックスの最中がピークで、行為を終えたばかりでもそこそこの「楽しさ」や「幸福感」のようなものは抱えているのだろう。

性欲もなければセックスにも興味がないということであれば別に「ああそうですか」で済む話であるし、その分なにか別の活動なりに取り組んでいくこともできるけれど、なまじ性的なコンテンツへの興味は人一倍、でもセックスはちょっと……という性格であるゆえに生じる歪みみたいなものが自分でももどかしい。

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# by innocentl | 2017-07-06 13:07 | 日常 | Trackback | Comments(0)

木漏れ日

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# by innocentl | 2017-06-27 19:17 | Trackback | Comments(0)

レジャーとしての恋愛

1度付き合うと、自分はわりと長く続く方だと思う。
今の彼氏とも3年を迎える。

というのも「この人とは長続きしそうだな」と思っている人を選んでいるのだから至極当然のことであるのだとは思うけれど、そうではない人も多いらしい。
何度かデートをして舞い上がって、見た目も嫌いじゃないしドキドキして、セックスをして「ああ好きだ」と感じることもあるだろうけれど、それは「恋人ごっこ」を楽しんでいるだけで相手の本質を見て「添い遂げていきたい」と思っているのとは違うと思う。
それは猫やカラスがレジャーとして狩りの真似事をして、食べもしないのに遊びでハトやネズミを殺す行為と似ている。
要は単なるスリリングな「遊び」であるだけなのに、それを本物の恋だの愛だのと錯覚して「付き合いましょう」なんて伝えてしまうから、ちょっとした不一致ですぐに別れるという行為を繰り返すのではないだろうか。

別に1人の人と長く付き合うことが偉いとも思わないが、「長く付き合う相手が欲しいのになぜ」と周囲に漏らしながら恋人をとっかえひっかえして過ごしている人って、自分が見えていなくてダサいなと思う。
そもそも「長く付き合える相手が欲しい」という前提がおかしくないだろうか。
とある人に惹かれていって「この人と長くお付き合いしたいな」と感じるのが順序としては正しいと思うけれど、まず「誰でもいいから付き合いたいな」という前提が来ているのではそりゃあいい相手も見つからないよな、と。
結局のところ「関係性への憧れ」が先に来てしまっていて、肝心の相手の本質を理解しようとする気持ちとか、その手の心が一切ないというのはなかなか自分本位さが露骨に表れていて面白い。「彼氏が欲しいな」という発言自体も「相手はどうであれ、愛してくれる人が欲しいな」という意思が透けて見えてどうかと思うが、それを悪びれずに発言できるというのもいい性格しているなと感じる。

自分は今の恋人とは見た目が好きだの、優しいから好きだの、そういった理由で付き合ってはいない。
もちろん第一印象や最初の数回のデートではそういった部分がフックになっていたところもあるかもしれないが、自分がどん底のときに手を差し伸べて支えてくれたのは彼だけだった。
家族も友人だと思っていた人も、いったん自分が失業やら精神的に参ってしまうやらを経験して「堕ちて」いったら離れていった。
周りに誰もいない状況でも彼だけは支えてくれていたので、自分は恋愛的な「好き」以外にも恩義とか忠誠とか慈愛とか絆とか、そうしたものをすべてひっくるめたものを彼に返していかなければいけないというか、返していこうと思いながら生きている。
それは「愛」だとかいう陳腐な言葉で表現するものとも違うと思う。

「恋愛ごっこ」はただのレジャーだ。
本質はそこにはない。

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# by innocentl | 2017-06-09 18:06 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

向いている仕事

職場に新しいバイトが入った。
このバイト、どうもアスペルガーの傾向があるように思える。

本人が自覚していないので勝手な推測だが、どうも定型発達者とは思考回路が異なっているようで、質問をされても受け答えがしっかりできないことが多々ある。
そこまでならばちょっと変わり者程度で仕事も振れるのだが、この人の場合仕事を放り出すことが多くて困っている。

この間は打ち合わせに出かけようと連れ出したら環境の変化に敏感なのか急に道端にうずくまり気分が悪いと訴え、緊急外来に駆け込んでいたし、臭いに敏感なのかタバコや何かが燃える香りがするともう仕事が手につかなくなり帰ってしまう。

バイトチームを回しているのは実質僕一人だけなのだが、そろそろ庇いきれなくなってきている。
この調子のままだと仕事なんて任せられないし、アスペルガーやら発達障害やらに疎い上司や他のチームの先輩などは彼女を「やる気のない人間」と評価し始めている。

仕事を放り出した後は彼女なりに罪悪感があるようで、長文の謝罪メールや手紙をくれたり、翌日出社したときに「いかに自分はこの仕事に熱意を持っているか」を熱弁したりもするのだが、正直抱えている案件の締め切りが差し迫っている中でそんなことをされてもこちらとしては対応しきれずに迷惑だと感じてしまう。
適当にあしらったとしても彼女の場合熱意が伝わってないと解釈するらしく、さらに長い間彼女の演説に付き合わされる羽目になる。

自分も前の職場でメンタルを壊したとき、短期的な記憶障害になったり、文字が読めなくなったりしたことがあるので、職場で「普通のことができない」辛さはよくわかる。
迷惑をかけたいわけではないのに、学んでいきたいのに、身体がそれに追いつけずに空回りして何もできずに周りに疎まれる恐怖はよくわかる。
彼女の場合、子どもの頃からずっとそういう人生だったのだろう。

彼女にはもっと劣等感を持たずに働ける職場があると思うが、それを伝えるだけの資格や権利が自分にあるのだろうかと躊躇してしまう。
「あなたはアスペルガーの気があるので一度診てもらって、もっとふさわしい職場を探した方がいい」だなんて言えるだけの資格は自分にはない。
おそらく彼女には辞めてもらうことになると思うが、誰かが伝えてあげた方が彼女も生きやすいのではとも感じる。

年上の後輩に困っている、という話。
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# by innocentl | 2017-05-31 09:03 | Trackback | Comments(0)