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夢は叶ったか

自分は空想が好きで、よく夢を見ている子どもだった。
絵を描くのも好きだったので、自分でよく空想の世界の生き物を描いたり、漫画のようなものを描いていたこともあった。

小さかった頃の将来の夢ってなんだっただろうか。
「イラストレーター」「ドッグトレーナー」「建築家」「歌手」「シェフ」……他にもたくさん夢を見ていた気がする。
現実と空想の区別がついてないほど小さかった頃は「ポケモントレーナー」になりたかったっけ。
お菓子についてくるポケモンの指人形を使ってずっとポケモンの世界の空想をしていたな、と思い出した。時には妹も巻き込んでいたっけ。

高校生くらいになると英語が得意だったということもあり「翻訳家」になりたいなと思うようになったし、ブログを始めてから「物を書く仕事」に就きたいと思うようになった。
夢は叶ったのだろうか。

最初の就職では全く物書きの「も」の字もないような仕事を選んだ。
「現実的に生きていくためにはやりたいことを仕事になんかできない。給与が良くて、安定した会社に入るのが幸せな人生を送るために不可欠なことだ」と考えた結果だ。
それでも人には向き不向きというものがあり、自分には向いていない仕事であった。
それならばと物書きの仕事を目指してみたら、まぁなんとか食うには困らない程度には稼げるようになった(全く贅沢はできないし貯蓄もなかなか計画通りにできないが)。

実行に移した時点で夢は現実になる。
現実になると「夢」見ていた時点では知りえなかった苦労や壁を知ることになる。
苦労や壁を知ってしまうと、もはやそれは「夢」ではなくなる。

今、自分が抱えている「現実」は、高校生の頃の自分にとってはたしかに「夢」だったろう。
そういった意味では夢を叶えたのかもしれないが、夢は現実の延長線上にあるもので、想像していたような甘美で満たされたものではなかった。

それでも自分は夢を叶えたのだ。
夢が現実に根付いたのだ。
夢はふわふわとしたどこか遠くにあるものではなくて、現実と地続きだった。
そこに向かうまで苦しくて挫折してしまうこともあるだろうし、ようやく夢を自分の手の内に入れたときに想像していたような煌びやかさを持っていないかもしれない。
それでも、現実として捉えて手繰り寄せれば手に入るものも中にはある。

夢は叶う。
想像していたもののように奇麗なものではないかもしれないけれど、夢は叶う。

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by innocentl | 2017-09-27 12:51 | 日常 | Trackback | Comments(0)

「ゲイだから」ではない

先日、ありがたいことにLGBTの目線でコラムを書いてほしいという仕事の依頼が来た。
LGBTの目線から昨今のLGBTにまつわる出来事の所感やら、単純に生活をしていて感じることなどを書いてほしいとのことだった。

自分ではセクシャリティはあくまで自分を構成するものの一部分であると捉えているので、正直「ゲイだからこそ」みたいな目線で何か社会に切り込んだ文章が書けるかどうかというのは不安もあるのだが、挑戦してみて初めて気づくことなどもあるかと思うのでお話を受けたいと思う。

最近よく感じることなのだが、LGBTフレンドリーと呼ばれる方々の中にもゲイに対する偏見というのを拭え切れていない人たちが多いなと感じる。
もちろん当事者ではないし、知らないのだから仕方のないことなのだとは思うけれど、ギャップとして感じているというだけの話だ。

そりゃあ「ゲイは気持ち悪い」という感情をダイレクトに持っている人や、「気持ち悪い」と直接的に表現することが自身のポリシーやポリコレに反するけれども文句をつけてやりたくて「そもそも生物学的に間違って……」「宗教的に……」と四の五の理由をつけて批判をしてくるホモフォビアな人々に比べれば、LGBTフレンドリーである方たちの存在は本当にありがたい。
知ろうとしてくれているというだけでもありがたい存在だ。

ただ、中にはポジティブな意味での偏見をぶつけられることもある。
このポジティブな意味での偏見というのはLGBT当事者としては疑問に思ってしまったり、不快に思う人がいるけれど、LGBT以外の人からすれば「褒めているつもり」の偏見だ。

簡単に言えば「ゲイだからおしゃれなの?」とか「ゲイだから女性の扱いがうまいんだね」といったような、「褒め言葉」に当たる。
統計学的な数字はわからないので実際にゲイにおしゃれだったり女性の扱いが上手い人が多いのかどうかはわからない。
ただ「ゲイだから○○なんでしょう?」という褒め言葉的な意見は、褒めているつもりだったとしてもその人を偏見に基づいてカテゴライズしているだけで、当人を見ていない言葉になってしまう。

僕も「ゲイの人って文章が上手いよね」と言われて、「それは僕が『ゲイだから』じゃなくて、『僕だから』なんだ」とムッとしてしまったことがある。
特別人を惹きつける文章を書いていると自惚れるつもりはない。しかし、僕にとって文章は学生時代から努力して国語や現代文の勉強にいそしみ、大学では言語学を専攻し、仕事でも毎回のように文章に赤入れ校正を受けて磨いてきた「努力の結果」と「技術」だと感じている。
努力してきて手に入れた「文章を書く力」を「ゲイだからお上手なんですね」の一言で片付けられたらたまったものじゃない。

これは異性愛者だってそうだろう。
「男性が好き」という女性が全員恋愛スペシャリストとして恋愛指南書を出版したり、「女性が好き」という男性が全員ホストとしてバンバン稼ぎまくるなんてありえない。
異性愛者の人だって「異性が好き」というのは人格を構成する一部分なだけで、特別意識するようなものではないと思う。
「異性が好きなんだから、異性をナンパのやり方教えてよ!」なんて言われたところで戸惑うだろうし、「異性が好きだから○○が上手なんですね」「異性が好きだから、あなたはなんだか人とは違うんですね」と言われても、「いやいや、それは異性が好きだからとか関係なく、私が私の人生を歩んできたからですよ」と反論したくなるだろう。

ただ最初にも書いたように、フレンドリーでいてくれるのはありがたい。
だからこそ、少しずつ身の回りからでもいいのでギャップというものを埋めていって、「同性愛者だからって別に大したことないよね」といい意味で思ってもらえるような社会が訪れたら、少しは生きやすくなるかなと感じた。

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by innocentl | 2017-09-26 15:07 | 真面目な話 | Trackback | Comments(0)

ディズニーシー

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彼氏とディズニーシーへ行った。
数週間前に酔っぱらった勢いで「月末はディズニーでも行くか」と言っていたらしく、完全にノリだけで日帰りディズニーへ行くことになった。

お互い朝からガッツリ全力でテーマパークを楽しむという人間でもないため、15時から入園できるスターライトパスポートを使った。
酔った勢いの提案で決まった外出なので、彼氏はそもそもそこまで乗り気ではなかったようだが。

学生時代は平日や春休みなど人が少ない時期を選んで行っていたこともあり、パーク内はだいぶ混雑しているように見えた。
パーク真ん中に海がぽっかり空いている関係上、ディズニーランドと違って移動がほぼほぼ一本道になってしまうので余計に混雑するのだと思う。

船に乗ったりシンドバッドのアトラクションに乗ったり、回転率のいい小規模なアトラクションにいくつか乗って雰囲気を楽しんだ。
その後はラウンジでお酒を飲みながら休憩したりとだいぶのんびり過ごしていたが、タワーオブテラーには乗っておこうという話になり夕方くらいから並び始めた。
100分待ちということだったので「まぁそれくらいなら」と思い並び始めるも、システム調整の影響でエレベーターが2台停止しており結局3時間ほど待たされた。
アトラクションの説明を受ける段階まで進んでしまえばあっという間で、数分で終わってしまったのでメディテレーニアンハーバーへ戻ってから夕飯を食べて、入園時に取っておいたインディージョーンズのファストパスを使ってアトラクションを楽しみ、帰路についた。

今はハロウィンの期間のせいか、パーク内にはディズニーキャラクターに扮したゲストやコスプレイヤーが大勢いて、中でもジャックスパロウの仮装をしている人たちはキャストなのか単に仮装しているだけの人なのか見分けがつかなくて戸惑った。

歩き疲れたせいで彼氏は最後の方は無言になっていたけれど、久々に行くとやっぱり楽しい場所だなと感じた。
家族連れが多いので小さい頃のことをいろいろと思い出す。
あの頃はパークでもらえるマップを大事に引き出しにしまっていて、事あるごとに取り出しては眺め、空想の世界に浸っていた。
本当に小さかった頃はリトルマーメイドやアラジンの世界に自分が行ったら……という妄想をしていたが、ある程度成長しても「この時代のニューヨークに生まれていたとしたら」「探検家として生きるとしたら」といったテーマで空想をしていたと思う。

空想癖があるのは今でも変わりないが、それを制するように必要以上にリアリストでペシミストになるように自分に課してきた気がする。
いい大人だし現実的に生きているけれど、実際はありもしない空想を張り巡らして憧れることもある。
これって誰にでもあることなのだろうか。大人だと普通は空想しないものなのだろうか。
子どもだけじゃなくそこそこのいい年齢の大人たちが楽しそうにパークを闊歩しているのは、子どもの頃の記憶に思いを馳せているからなのか、現実として“遊園地”を楽しんでいるだけなのか、空想の世界と現実世界の境目が曖昧になって夢心地なのか。

大人も夢を見る生き物なのだろうか。
なんだかこの年齢にしてモラトリアムだ。

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by innocentl | 2017-09-25 11:20 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

Ordinary day

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by innocentl | 2017-09-14 11:23 | 日常 | Trackback | Comments(0)

血液検査

HIVの血液検査を受けてきた。
特別心配なことがあったわけではないが最後に検査を受けたのはまだ学生の頃(今の彼氏と付き合う前ということもある)で、「そろそろ受けとかないとな」と思ったので新宿の検査室へ行った。
基本的にはセイファーセックスのみしかしないし、そもそもアナルセックスを伴う性的交渉が好きではないので回数的なリスク自体が低いということもあるけれど、やっぱり長年受けていないとなるとモヤモヤするわけで「感染したかもしれない。ああ怖い」という気持ちで震えながら行くものというよりは、特に何ともないけれどなんとなく虫歯の検診に行くような感覚に近いのだと思う。

今までは保健所で受けていたけれど、初めて検査室というものへ行った。
検査室のロビーにはそこそこ人がいたけれど、受付を済ませたらすぐに番号で呼ばれ採血室に入れられた。
普段は「採血しやすい血管ですね」と褒められるのに、この日はなぜか「なかなか血管が見えないですね。こぶしを握って」と促され、何度か拳をグーパーグーパーと動かす羽目になった。
採血中はなるべく針が刺さっているところを見ないように目を背けていたのだが、採血が終わった後の試験官に入った自分の血が目に入ると、想像よりも黒くて「そういえば今日はあまり水分とっていないしな」と感じた。
この日は結果を聞くときに提出する番号札だけ渡されて、そのまま帰宅した。

1週間後に検査室に行くと、またもすぐに結果を聞くための部屋に通された。
社長室のようなデスクに保健師(?)さんが座っていて、「○日に検査をした番号○番さん。25歳の男性で間違いないですね」と話しかけられる。
事前に渡されていた番号札と照会し、本人確認ができると結果が伝えられる。
「リスクのある行為はしていないので平気だ」とはわかっていても、世の中には絶対というものはないのでこの瞬間は心臓がドキドキしてしまう。

人の良さそうなおばさんの保健師さんは「○番さんね。HIVは陰性、梅毒も陰性ですよ。大丈夫よ」と伝え、「何か質問はあるかしら。なければアンケート用紙を持ってロビーで書いてね」と退室を促した。
あっけないものだ。
ホッと胸をなでおろして検査室の入っているビルを出ると、30度を超えた日差しが目に眩しかった。

さわやかな秋晴れだった。
朝から何も食べていなかったので急に空腹感に襲われ、タイ料理屋に入ってカオマンガイとジャスミンライスを食べた。
なんてことのない土曜日の昼下がりだった。

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by innocentl | 2017-09-11 18:24 | 日常 | Trackback | Comments(0)

予定のない休みの日

予定のない休みの日、家で映画を観ていたり、洗濯物を片付けたり、スマホゲームをやったりして過ごしているうちに彼氏が家に帰ってきた。
「あー、部屋着のまま。寝ぐせも直してないじゃん。一歩も家から出てないの?」と小言を言われるけれど、なぜだか少し嬉しそうな顔をしているのが面白い。

寝ぐせを直してから服を着替えて、出かけ際にトップノートがアップルやメロンの「夏!」を思わせる香りの香水をつけたが、香水が嫌いな彼氏から「食事に行くんだし、そんなのつけなくていいよ」と渋い顔をして注意された。

2人で近所の定食屋に行き、特別何の面白みもない豚の生姜焼き定食と焼き魚の定食を食べてから店を出る。
そして無料のクーポンがあるからとアイスクリーム屋へ寄り、小さなアイスを貰って2人で近所の土手まで歩く。
「手持ち花火ってまだ売ってるかな。やろうよ」と話して何件かコンビニや雑貨屋を見てみるけれど、さすがにもうどこにも売っていなかったどころか、この間まで花火が置いてあった場所には「秋のフルーツ盛り合わせ」みたいなギフト用品のカタログが並べてあった。

小高くなった土手からはスカイツリーが輝いているのが見えて、「東京タワーよりはスカイツリーの方が好きだな。埼玉からも見えたし、建設中の様子も知ってるし。東京タワーはなんていうか、馴染みがない。外国人観光客向けの『TOKYO』ってイメージ」などとくだらない会話をしながらぶらぶらと当てもなく歩いた。
1週間前までは昼間はじりじりと肌が焼けるような日が差して、夜になってもむわっとした暑さが残っていてあんなに寝苦しかったのに、土手は秋風が吹いていて半袖だと少し肌寒く感じた。

「夏も終わりだね」
「今年はスイカ食べなかったね」
「買って帰ろうか」

そんな会話をしながら閉店間際のスーパーへ行き、ビールと酎ハイ、6分の1にカットされたスイカとスナック菓子を少し買って狭いアパートまで帰った。
家に帰るころには、腕につけた香水はムスクのラストノートがほんのり香る程度になっていた。

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by innocentl | 2017-09-04 11:33 | 日常 | Trackback | Comments(0)