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向いている仕事

職場に新しいバイトが入った。
このバイト、どうもアスペルガーの傾向があるように思える。

本人が自覚していないので勝手な推測だが、どうも定型発達者とは思考回路が異なっているようで、質問をされても受け答えがしっかりできないことが多々ある。
そこまでならばちょっと変わり者程度で仕事も振れるのだが、この人の場合仕事を放り出すことが多くて困っている。

この間は打ち合わせに出かけようと連れ出したら環境の変化に敏感なのか急に道端にうずくまり気分が悪いと訴え、緊急外来に駆け込んでいたし、臭いに敏感なのかタバコや何かが燃える香りがするともう仕事が手につかなくなり帰ってしまう。

バイトチームを回しているのは実質僕一人だけなのだが、そろそろ庇いきれなくなってきている。
この調子のままだと仕事なんて任せられないし、アスペルガーやら発達障害やらに疎い上司や他のチームの先輩などは彼女を「やる気のない人間」と評価し始めている。

仕事を放り出した後は彼女なりに罪悪感があるようで、長文の謝罪メールや手紙をくれたり、翌日出社したときに「いかに自分はこの仕事に熱意を持っているか」を熱弁したりもするのだが、正直抱えている案件の締め切りが差し迫っている中でそんなことをされてもこちらとしては対応しきれずに迷惑だと感じてしまう。
適当にあしらったとしても彼女の場合熱意が伝わってないと解釈するらしく、さらに長い間彼女の演説に付き合わされる羽目になる。

自分も前の職場でメンタルを壊したとき、短期的な記憶障害になったり、文字が読めなくなったりしたことがあるので、職場で「普通のことができない」辛さはよくわかる。
迷惑をかけたいわけではないのに、学んでいきたいのに、身体がそれに追いつけずに空回りして何もできずに周りに疎まれる恐怖はよくわかる。
彼女の場合、子どもの頃からずっとそういう人生だったのだろう。

彼女にはもっと劣等感を持たずに働ける職場があると思うが、それを伝えるだけの資格や権利が自分にあるのだろうかと躊躇してしまう。
「あなたはアスペルガーの気があるので一度診てもらって、もっとふさわしい職場を探した方がいい」だなんて言えるだけの資格は自分にはない。
おそらく彼女には辞めてもらうことになると思うが、誰かが伝えてあげた方が彼女も生きやすいのではとも感じる。

年上の後輩に困っている、という話。
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by innocentl | 2017-05-31 09:03 | Trackback | Comments(0)

九州へ行った話

仕事の出張で九州の鹿児島まで行った。
1泊くらいさせてもらえるのかなと思いきや、朝の便で羽田を出て、最終の便で帰ってくるという弾丸出張だった。

朝の東京は19℃ほどしかなく肌寒かったのでレザーを羽織って行ったが、鹿児島は28℃を超えていたので空港を出た瞬間に汗ばんでしまった。
空港で観たニュースでは、奄美大島が梅雨入りしたと報じていた。

空港からクライアントに会う繁華街までバスで移動したのだが、空港ではまだそこそこ周りに馴染めていたレザージャケット姿も、街に出てしまうと完全に浮いていた。
鹿児島の人たちは皆、真夏さながらの薄着姿で街を歩いていた。
もっと薄着で来ればよかったかもしれないと思いつつも、最終の便で東京に戻るころには深夜だし肌寒いだろうなとも同時に思った。
それにしても想像していた以上に南国感があって、カルチャーショックのようなものを受けた。
沖縄ならそりゃあ暑いだろうし南国っぽさもあるだろう。鹿児島は九州だし、そこまで東京と変わりはないんじゃないかと思っていたのだが、間違いだった。

クライアントと会うまでに1時間半ほど時間があったので、鹿児島で一番の繁華街だという街を散策してみた。
巨大なアーケードに覆われた商店街は活気に満ちていたが、日曜日の昼間にしては人気が少ないようにも見えた。
車社会だからあまり駅周辺に人がたまらないのか、それとも地方の繁華街とはそもそもこういうものなのか考えを巡らしながら喫茶店に入った。
思えば高知県に旅行に行った時も、繁華街といえどもこうしたのんびりとした空間が広がっていたような気がする。
東京が殺伐としていて異常なだけなのだろうな、と無理やり自分自身を納得させた。

仕事を済ませたあとは、学生時代からの知人に会った。
お互いまだ学生だったころ、彼は鹿児島から数人で東京に遊びに来ていたのだが、SNSの繋がりはあったので何かの拍子で一緒にクラブに出かけることになって朝まで過ごした。
初めましての状態から新木場のクラブイベントで朝まで遊ぶという、学生ならではの無茶な遊びをした。
彼はあれ以来東京に来ていないし、自分も鹿児島に行く機会がなかった。

久々に会った彼は学生のころと何ら変わらず出迎えてくれた。
最終の便で帰るため、空港行のバスに乗り遅れないようにしたいということを伝えると、空港まで送ると申し出てくれた。
1時間程度夕飯を一緒に食べられればいいかなと思っていたが、空港まで送ってくれるのであれば4時間弱は空き時間ができる。
彼の申し出を受け入れ、桜島の観光に出かけた。

その日も小規模な噴火があったようだが鹿児島の人にとっては日常のようで、誰一人として上がる噴煙を気にしている様子はなかった。
友人も「あれはゲップみたいなもんだよ」と笑っていた。
街の人たちは標準語に近い言葉で話していたので、喫茶店に入ったときや仕事で入った店の人たちの言葉が気になることはなかったのだが、彼の言葉のイントネーションが標準語のそれとだいぶ異なっていることにこのとき気づいた。
国の言葉があるというのはいいなと感じたが、自分だってきっと武蔵の訛りはあるだろうし、いわゆる標準語とは違う「東京方言」を使っているのだろうけれど、東京にいるとそれすら自覚できないよな、と思った。

観光が済むと、黒豚のトンカツを食べに行った。
これがまた絶品で、自分が東京で食べていたトンカツなんて段ボールみたいなものだったんだと思えるくらいの衝撃だった。
東京のトンカツと言ってもチェーン店のものや弁当に入っているものなので、一流の店で食べればまた違ったのかもしれないけれど、鹿児島の黒豚は格が違うと思う。
塩だけで十分美味しいし、肉汁が多いのに脂っこくないのが凄いと思った。

夕食を食べ終わってから空港まで向かったが、19時近いというのにまだ外が明るいのが印象的だった。
空港でまた少し時間をつぶし、今度はプライベートで遊びに来ると彼に告げて別れた。
温泉も豊富らしいし、次は絶対に入りたい。

日本で行ったことのない場所はまだまだたくさんあるどころか、ほとんどの場所に行ったことがない。
東京ですら降りたことのない駅が大半を占めている。
全世界を回りたいとは言わないが、せめて日本のすべての県には一度は訪れたいなと思った。

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by innocentl | 2017-05-24 14:20 | 日常 | Trackback | Comments(1)

「気を遣え」という脅迫

先日、人と話しているときに地雷を踏んだ。
要はその人が恋人と別れていることに気づかずにその手の話題を振ってしまったのだ。

その人だけでなく一緒にいた別の友人からも「空気を読め」「あなたは無神経だ」と批判を浴びたのだが、年に数回10人くらいの飲み会で顔を合わせるくらいで個人的に連絡を取っていない人の恋愛事情なんて普通把握しているものだろうか。

よほど距離の近い友人なら風の噂で交際している人のことなども耳に入るかもしれないし、仮に別れたことを知っていたら自分だってあえてその話題に触れないだけの分別はあるし、よほど親しければもっと踏み込んだ話もしただろう。
そもそもその人が破局したという前提知識もない状態で空気もへったくれもないだろう、と思う。

自分の恋愛関係を常に他人が把握していると思って「気を遣ってくださいよ」とアピールするなんておこがましいと憤っている。
こちらの事情には知らず存ぜずだけれども、私の地雷は踏まないでくださいよだなんてよくもまあ言えたものだと思う。

人と別れるというのは心を痛める出来事であるし、触れられたくない気持ちはよくわかる。
でも、だとしたらSNS上で恋人の存在をひけらかすリスクというものを考えろと言いたい。
SNSで常に「今日は一緒に出かけました」「大好きです」「記念日を祝ってもらいました」と仲睦まじいアピールをしていたのだから、てっきり仲良く今も過ごしているものだと思ってこちらだって話題を振ったのだ。
恋人と自分の関係性を公開するということは、「自分たちが別れたという事実を知っている人」がSNSのフォロワーの数だけいるということなのだ。
その分前の恋人との関係性に触れられることも増えるだろうし、時には相手に悪意がなくとも無神経な質問を受けることもあるだろう。

けれどそれは全て自分が蒔いた種なのだ。
何かをアピールするということは、それだけ人から注目されて知られたくない事実や触れられたくない事実を知る人が増えるということだ。
リスクヘッジを怠ったのは自分であるのに、よくもまあ他罰的な態度でいられるものだ。触れられたくないのなら最初から恋人とのやり取りや行動をSNSに投稿などせずに、真摯に相手と向き合ってひっそりと愛を育めばよかったじゃないか。

もちろん自分にだって非はあるだろうが、自分だけが「無神経」だと批判をされて非常に腹を立てている。
「あなたのことは知りません。でも私を不愉快にさせないでくださいね」だなんて何様のつもりなのだ。
言ってしまえばそういった近しくない友人たちの中には、自分が3年付き合っている恋人がいて同棲している事実を知らない人すらいるだろうし、仮に自分が彼と何かあったとして一体どれだけの人が「空気を読んで、無神経でない態度」を取ってくれるだろうか。
おそらく2、3人そういう人がいればいい方だと思うし、大多数は無関心で、中には興味本位でいろいろとほじくり返してくる人もいるだろうということは想定して生きている。
それはリスクを承知で生きているからだ。

人は人にそこまで興味がない生き物だと思う。
だからこそ要望は声や態度にに出さなければ人に伝わらないと思うし、そこを「察して」という言葉で済ませるのは子どものすることだ。
気を遣ってもらえるようになりたかったらまず我がふりを直せ、と声を大にして言いたい。

指摘された直後は素直に「自分ってば最低なことをしてしまったのでは」と思っていたものの、よくよく考えれば無理難題を押し付けられて勝手に悪人に仕立て上げられただけじゃないか。
最高に気分が悪い。

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by innocentl | 2017-05-12 19:01 | 日常 | Trackback | Comments(0)