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激昂

家を出てから4ヶ月ほど過ぎた頃、親から小包が届いた。
二度と関わりたくないと思っていたためにただただ不快で、不可抗力と言えど住所を知らしてしまった自分に腹が立った。
小包の中には実家に残してきた携帯電話の契約書類や衣類が入っており、その中に便箋が紛れ込んでいた。
「身も心も健康に生きて」といったようなことが書いてあった。
その手紙を見た瞬間、カッと頭に血が昇り、ビリビリに引き裂いて彼氏のタバコの吸殻とともに捨ててしまった。

子から勘当を言い渡されたかわいそうな親気取りか、さも私はまっとうに母親してますよとでも言いたげな湿っぽい文章に無性にムカムカし、一通り激昂したあとに酒を煽った。
少し多めに安定剤も飲んだ気がする。
タバコを吸う母が嫌いだ。
妹ばかり可愛がって自分を蔑ろにした父が嫌いだ。
どうせ厄介払いができてせいせいしているくせに、世間体を気にしてポーズとして僕の身を案ずるような文章を寄越してきたに違いない。

これ以上僕の人生に干渉して腐らせないでほしい。
一度自殺未遂をしたあのとき、過去の自分は死んだのだ。
今人生を生き直しているところなのだから、水を差さないでほしい。
あなたに息子など最初から存在していなかったのだ。
もう二度と、僕の人生に入り込まないでほしい。
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by innocentl | 2016-07-29 20:50 | Trackback | Comments(0)

人間失格(フィクション)

窓から見下ろす公園には外国人の団体観光客がぞろぞろと列をなして歩いていて、なんだか少し前にテレビで見たことがある、白血球が雑菌を飲み込んでいく様子の映像を彷彿とさせた。
外の気温は31度を超えているとPCの天気予報アプリが表示している。
これから1週間、気温は30度を下回ることがないという。

室内とはいえ、窓際の席は太陽光が直に当たってじっとりとした汗がべたついて不愉快だし、化粧も浮いてきてしまっている。
予約が入ったらまずはシャワーを浴びないと。

ていうか、そろそろ辞めよう。
そう、ふと思った。

それまで勤めていた会社が突然なくなると知らされたのは去年の秋のことで、初めてそれを聞かされた時はあまりにも唐突すぎて、「はあ」というバカみたいな単語一つが喉から漏れ出しただけだった。
あれよあれよという間に事業所は畳まれてしまい、会社がなくなることを知らされてから実質3週間程度しか経っていなかったと記憶している。

失業してから3ヶ月間は雇用保険、つまり失業給付が月に12万円ほど出ていたので、しばらくの間はゆっくりしようと思い就職活動もろくに行わなかった。
就職活動を行っているという実績がなければ雇用保険を打ち切られるため、ハローワークが主催している「第二新卒女子のための面接講座」だの「合同企業説明会・女性が働きやすい職場特集」だのに参加してはいたが、どれもこれも説明を聞いても上の空で(もちろん顔には出さない程度の演技力はある)、参加した証のハンコさえ貰えば頭の中から全てのことが消え去ってしまっていた。

今思えば日々の激務から精神的な何かを摩耗して、会社がつぶれた瞬間に燃え尽き症候群のようなものを発症してしまったのだと思う。
ここ半年生理不順も続いていたし、不眠気味だったし、軽く鬱も入っていたと思う。
お笑いの番組を見て「はは」と軽く笑ったら、なぜだか堰を切ったかのように、泣きたくないのに涙が出てきたこともあった。
なんだか全てのことがどうでもよかった、というのは言い過ぎだけれども、少なくとも次の就職をリアリティをもって考えるのには無意識のうちに体が拒否反応を示していた。

やっとの思いで心療内科に通っても、出される薬は一時的な精神安定剤のデパスやソラナックスだけで、「仕事ができているうちはまだそこまで酷くないから」という医師の言葉がさらに私を絶望に追いやった。
いやいやいや、先生、私もうずっと生理来てないし、3時間以上まとめて睡眠取れたの去年の話だし、体重だって大学時代に比べて6キロは減ってるんですけれど。そりゃあなんとか仕事には行けているけれど帰ればすぐに布団に入っちゃって、ていうかそもそも帰れない日も多いんだけど、そんな一時的に不安感を紛らわすだけのお薬だけじゃ私の精神、っていうか脳っていうか、治せないんじゃないですかね。カウンセリングとか、あ、別料金か。せめてもう少し私の話聞いてくださいよ、ね、先生。

結局私はその精神安定剤とやらを、やたら大量に処方された。
「生理が来なくて」「思考力が鈍った気がして」「文字が読みづらい」「眠れない」「あんまり食事が取れない」そんな私の悲鳴一つ一つに先生はキリスト教徒的な微笑をたたえながら「では、ソラナックスを」「デパスを」「ハルシオンを」「マイスリーを」「ルネスタを」と、何やら毎週薬の組み合わせだけを変えて処方するのだった。
毎回クリニックに行く前は「やっぱりもっと根本的なことから治療しましょう」と言ってもらえることを期待して行くのだけれども、結局睡眠導入剤の種類が微妙に変わるだけで、通う意味すら見いだせず、かと言って通院を止めるわけにもいかずという状態が続いていた。

仕事を辞めてから、いや、職場が消滅してからは睡眠に関しては連続して4時間は取れるようになった。
思考力の弱まりや反射速度の鈍さは相変わらずだったけれど、少しは快方に向かっているのかなと無理やりに思い込んで、私は日々を淡々と過ごした。

「これが最後の雇用保険の給付になりますけれど……。一生懸命やってるのにお仕事見つからないわねぇ。でも、いつでもいらっしゃいね。本当、こればっかりは縁だから、そんなに気を落とさないでね」と、この3ヶ月間私の面倒を見てくれたキャリアカウンセラーのおばさんは言った。
おばさん、といっても、母よりは年下だと思うけれど、その化粧っ気のなさとパサパサの髪の毛はどう捉えても「おばさん」そのもので、軽く手ぐしでとかして束ねただけのような髪型がより一層彼女の貧乏くささを助長していた。
「はい、ありがとうございます。来週、民間のエージェントにも登録してみます」と、少し落ち込んだ雰囲気を作りながら返してみたものの、私はこの3ヶ月をとにかく休養するために使いたかったのだ。何一つ真面目に取り組んでいないのに傍目からは思惑通り「頑張って再就職に向けて動いているのになかなか結果が出ないかわいそうな女」という風にうつっていたらしく、自分の演技力を確信した。
そう、休養が必要だったのだ。傷を負った野生動物がひたすらねぐらで丸まって傷を癒すように、私も次のステップに進む前に気力と体力を回復する必要があったのだ。

雇用保険が切れるころにはだいぶ体力も付き、友人と日帰り旅行に行けるまでになった。
「ああ、人生って素晴らしいものなのかな……この調子でそろそろ就職も……」と思ったとたん、また次の試練が私を襲った。
住民税、年金、健康保険……。とにかく生きていくのには金がかかり、中でもこの住民税ってやつは曲者だった。
安月給でボロボロに命を削りながら働いていた私に、「社会人としてまっとうな」金額の貯蓄をする余裕などなく、雇用保険の切れたタイミングでドカンとまとまったお金が私の家から消えたのだ。
あ、やばい。
本当にやばいとき、人は笑うのだ。
「うふふ、どうしよう」と冷静を気取っているようで皮膚の下には狂気と焦燥が虫のようにわさわさと動き回っていた。

冷静さを欠いていた私は、風俗で働き始めることにした。
風俗ならできる気がしたのだ。
顔はまぁ、そこそこだし、身体もまぁ、そこそこだし、よくお化けみたいな女だって風俗で生活しているんだと思えばなんとかなるんじゃないかという気がしていた。
実際、大学時代も出会い系サイトで知り合った年上の(ていうかおじさんの)男の人と体の関係を持つ代わりに美味しい食事を奢ってもらったり、サマンサやケイトスペードのバッグを買ってもらったりしていたし、その延長線上でなんとか、という心づもりだった。

実際のところ私はあまり風俗で売れるタイプではなかったようだった。
肉感的な癒し系だったり、ロリータっぽかったり、そういう子が多い店の中で私は少し異質で、どちらかと言えば背が高くてすらっとした、少しきつめの目つきをしていたので、少しニーズと違ったのかもしれない。
よく調べずになんとなくよさそう、と思って入ってしまったことを後悔はすれど、別の店に飛ぶ気もなかった。
単に面倒くさかったし、別にこの道でプロになる気はさらさらなかったのだ。
生活に必要なだけ稼いで、気力がわいたら就職をするつもりだった。
ヒモの彼氏を飼ってるとか、パチンコが辞められないとか、母子家庭で昼間は工場で働いてるシングルマザーとか、なんだか関わったら自分まで穢れてしまいそうな気がして、同僚の女の子たちとはほとんど会話をしなかった。お前だって風俗で働いてるくせにどの口が言うか、という感じだが。
そもそもその頃から私はネットで見つけたライティングの業務委託の仕事を始めていて、テレビで芸能人が悪口を言ってただの、あのアイドルは整形疑惑があるだの、あることないことをネット掲示板の情報を頼りに記事化するという、下世話にもほどがある仕事を始めていたため、Wi-Fiの使える店外のカフェにいることが多かった。

予約が入れば店に戻りフェラチオや素股をし、チンポ1本につき1万ちょっとの報酬を貰って、またカフェに戻って原稿を書くという作業を繰り返すマシンと化していた。
ピンクでフリフリのガーリーな看板を出すうちの店で、私のような冷たく見える女は人気がなかったのでリピートもほとんどなく、原稿を書くのに集中するにはいい環境だった。

そうしてチンポに生活を支えてもらいながら下世話な記事を書き続け、とある出版社から「よかったらうちでもっとマシな記事を書いてみないか」という話を受けられるまでになった。
芸能人の悪口と浮気や不倫の噂をだらだら書き続けるだけの最低な5流ライターの私だったが、もう少しマシな、売れない着エロアイドルのインタビュー記事や、女性向けAVのレビュー記事を書けるくらいまでになった。クソみたいな文章でも、継続は力なり、とやらなのかもしれない。

気が付けばPCに向き合っている時間が1日のうちの大半を占め、チンポの支えがなくともなんとか食べていけるくらいまでにはなった。
何よりも、ほぼ1日カタカタ文章を書いて仕事をしているのが苦痛ではないことに、今この瞬間に気づいたのだ。
もう大丈夫なのかもしれない、そう確信した。

今日予約が入らなかったら、オーナーに辞めると言おう。
リピートがほとんどなかったから引き留められすらしないだろう。
とりあえずは、先週のインタビューのテープ起こしを済ませてしまおう。
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by innocentl | 2016-07-29 19:07 | フィクション | Trackback | Comments(0)

子供の自分がいる

自分の中に、子供の自分が住み着いている。
子供の自分はいつも泣いている。
褒めてほしかった、見ていてほしかった、愛してほしかった、手を離さないでほしかったと、いつもさめざめと泣いている。

健康的に大人に成長しきれなかった歪な部分が心のどこかに取り残され、まるで子供の頃の自分がそのまま身体の一部に住み着いているかのような感覚だ。
小さい頃は辛いことがあると、よく机の下に隠れて泣いていた。

あの頃の自分に、今の自分は何て声をかけてあげられるだろうか。
どうしたら笑ってくれるだろうか。
抱きしめてあげられるだろうか。

たくさんお酒を飲んだ翌朝だったり、クラブで馬鹿騒ぎした帰り道だったり、ふと仕事の手を止めて飲み物を用意している時だったり、子供の自分は不意に現れる。
なんで、なんでと言いながら泣いていて、胸が締め付けられる。
今悲しいことがあるわけではないはずなのに、涙腺が緩んで涙が流れてしまう。
泣いている子供の自分が影のようについてくる。
どう対処すればいいのかわからない。

大人になった自分に抱きしめてもらえれば、子供の自分は消えるだろうか。
泣き止むだろうか。
過去が、感情が、追いかけてくる。
泣き声に脅かされている。

僕は感情を溜め込みやすい子供だったと思う。
今になってその時のしっぺ返しが来るなんて思ってもいなかった。
溜め込んだ感情が溢れてくる。
泣きたかった時に泣けず、怒りたかった時に怒れなかった気持ちが、コップから水が溢れ出すように少しずつ溢れてくる。

記憶を売ってしまえればいいのに。
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by innocentl | 2016-07-24 05:21 | Trackback | Comments(0)

世代断絶感

仕事柄、ブログをよく見る。
ネットには10年以上前のエントリーも多く、いきなり文章を読み始めてから「あれ、2004年の記事だ。これ」と気づくことも多い。

今から10年前の2006年に感じていた「1996年」は本当に昔で、「古臭くてダサい」という印象があった。
音楽に関してもPUFFYとかGLAYとか、「あー、一世代上の人たちが聴いてるよね」と思っていた。
でも今、2006年がそんなに昔のことだとは思えない。
ただ単に年を重ねたからそう思っているだけなんじゃないかという気持ちもあるけれど、そうじゃない前提で考えてみた。

やっぱりネットの影響が大きいんじゃないかと思う。
昔はそれこそ過去の情報にアクセスするには雑誌や本、VTRで確認するしかなかっただろうからそんなに頻繁に「過去」に触れることはなかっただろうし、過去の情報にアクセスする機会が少なければ「うわ、昔っぽい」といったギャップも生まれたんだろう。

今は検索すれば10年前のブログや企業サイト、キャンペーンサイトはゴロゴロ出てくるし、レイアウトなんかもそこまで大々的に変わったわけではないから古臭さを感じないのではないだろうか。
さすがにホームページビルダーで作りました、みたいなサイトは古臭いが、ブログに関しても形はほぼほぼ変わっていないし、企業HPも基本的なつくりは昔のままだ。

若い層はSNSを利用するようになったし、PCではなくスマホの利用率が高いせいで、PCで見るようなサイトはそこまで革新的なものが多くないのも理由の一つなんじゃないだろうか。
もはやPCは古い部類のデバイスだろうし。

あとは90年代と違って、ファッションや音楽に時代を象徴するほどの「絶対的な流行」がなくなったことも大きい気がする。
ネットが発達したからファッションもマスメディアが主張する「流行りもの」を着る必要もないし、好きなものを好きなタイミングで買うことができるようになった。

そもそも自分自身をネットなどの膨大な情報からカテゴライズして「私はこういう人間」というのを作りやすくなったんだと思う。
だからこそメインストリームのフォロワーは減ったんじゃないだろうか。

なんてことを考えていた。
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by innocentl | 2016-07-20 11:33 | 日常 | Trackback | Comments(0)

やるべきこと

売り出し中だというバンドのインタビューに同席した。
特に何をするというわけでもなかったのだが、先輩はインタビュー中はインタビューに集中したいらしく「インタビューカットの撮影を適当にして」ということで駆り出された。

ボーカルのレコーディングが押した関係で1時間遅れでインタビューは始まったが、その後は何の滞りもなく進み、インタビューは終了した。
20年前に流行った渋谷系の音楽を彷彿とさせるが、どこかファンクやジャズのような要素も取り入れた大人っぽい曲を歌うバンドだった。
次の給料が入ったら、CDを買おうと思った。

インタビューが終わったあと、先輩たちは別の現場に直行するため、同席した同期のアシスタントと帰社することになった。

「ずっとこの会社にいるつもりですか?」と聞かれ、「まだ入ったばかりでそれはわからないけれど、別に自分は音楽業界とかエンタメ業界とか別段こだわりは無いし、文章力や編集スキルがついたら社内報編集とか学内報とかタウン誌関係とか、そういう方向に落ち着きたいかも」と答えた。

2つ年下の同期は「ですよね。私も周りがちょうど就職だ何だでけっこういいとこ勤めだしてて、この生活いつまでできるのかなって思ってて。音楽は好きだけど業界も縮小してるし微妙っていうか」と話していた。
将来っていくつになっても見えないものなのだろうなと思うのと同時に、なんとかなるんじゃないかと無理やりにでも楽観したい衝動に駆られたり、それにしても期限を設けて安定した道を進むべきかと悩んだり、色々と忙しい。

かつて音楽誌の編集をしていて、今はWebコンテンツ制作関係の仕事をしているという社外の人には「とりあえず今は愚直に書いて書いて書きまくるしかないよ。そしたら何か見えてくるからさ。手に職つけたやつが強いよ」と激励を受けた。

とりあえず今は原稿の精度を上げて、幅をもたせた書き口を学んで、編集スキルも上げなければ。
全く食えない状態から、一応生活は維持できるレベルにはなれたのだから、次のステップ目指して自身のスキルアップに励もう。

面白くない記事もたくさん書かなければならない。
その中でもごくたまにある自分の裁量が大きい記事や、情報的に価値のある記事を書く機会を励みにやっていくしかない。

当面、失業中に滞ってしまった税金や年金の支払い、リボ払いの精算が終わるまでは続けよう。
それまでには少しでも良い文章が書ける人間になっていられることを祈りつつ。
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by innocentl | 2016-07-14 18:43 | Trackback | Comments(0)