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by innocentl | 2016-04-28 17:10 | Trackback | Comments(0)

顔本

Facebookでプライベートな更新をしなくなってしばらく経つ。
仕事の関係で覗いたり、気まぐれで写真を掲載してみたりということはあるのだが、もうほとんど利用していない。

なぜ利用していないかというと、親しかった人たちが誰も使っていないからだ。
学生時代、先輩や後輩、同じ学部の仲間含めて200人近くの「友達」がいたが、大学卒業を機に誰も更新しなくなった。
大規模な飲み会ではFacebook繋がろうよ、が一つの合言葉みたいになっていた。
学生時代は飲み会やサークルの旅行があれば皆Facebookに自前のカメラで撮った画像をアルバムにしてアップしたり、「旅行楽しかったね!」といった内容のポストを上げてワイワイやっていたのだが、「大学卒業します、今までありがとう」的な内容のポストを機にFacebookも卒業していった。
たまに結婚しましただの、出張で海外に来ていますだのかつての友人たちの近況報告が上がったりもするのだが、「ふーん」で終わってしまう。
自分も新しい仕事を始めたり、ちょっと遠出した時なんかは画像付きのポストを上げたりもするのだが、もう年に数回更新すればいいかな、といった感じだ。
かつてはイベントごとに「写真Facebookにあげとくから!」と息巻いていたが、利用する人がいなくなれば自然と自分も離れていくものなのだなぁと感じた。

では今は誰がFacebookを更新しているのかと思い新着の投稿を見てみるも、大抵は仕事関係で知り合った30代後半〜60代くらいの方が政治観や仕事論について語っていたり、家族との近況報告を頻繁にあげていたり、といった感じだった。
更新してる人は更新してるなといった印象で、毎日みんなが一言二言、という雰囲気ではなくなっていた。

おそらくかつての友人たちも職場の人間とFacebookで繋がったりして、「親しい仲間だけ」に知られたい情報をFacebook上で公開しなくなったのではないだろうか。
インスタやツイッターはまだ活発に発言している友人たちも多いので、住み分けが進んだのだろう。

仕事上で1回会っただけの目上の人にFacebookで友達申請され、無下にするわけにもいかずに承認しても、もう以前のように気軽に更新はできないだろう。
以前言われていたように疲れて離れる人もいただろうが、むしろそれよりは、おじさんたちばかりがたむろしているスナックに若者が近寄らないのと同じように人が離れていったのだと思う。
Facebook上で声の大きいユーザーは「若者」カテゴリには属さない人が多いし、なんとなく合わないなと思って離れていった人がほとんどだろう。
別に若者が近寄らないから良いとか悪いとかの話ではなく、高齢のユーザーのニーズに合ってるからFacebookはそういう方達で盛り上がっているし、若者は若者で別のツールで盛り上がっているというだけの話だ。

そう考えると、幅広い世代が飽きずに使い続けている2ちゃんねるってすごいな、と改めて感じる。
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by innocentl | 2016-04-21 16:49 | Trackback | Comments(0)

タオルケット

小さい頃から寝るときにタオルケットを足の指で挟むのが好きだ、と彼は言った。
一緒に眠るときも彼の足元には黒いタオルケットが置いてあり、足の指でそれを挟んだり弄んだりしながらだんだんと眠りにつく。
小さい頃から大切にしているぬいぐるみを捨てられないとか、緊張する場面で心の中で唱えるおまじないとか、そういう誰でも大人になっても抱えている「小さい頃の自分」を見せてくれたことが嬉しかった。

どんな子供だったのか、家族との関係はどうなのか、僕は人を詮索しすぎてしまうところがある。
もちろん疑問に思ったこと全てを聞いたりなどしないが、僕と関わりを持つ人の持つバックグラウンドが気になる。
大人の世界、仕事上の付き合いだったり、出先でよく会うけれどもそこまで親しくない間柄の人とは「今そこに存在しているその人」だけと付き合わなければならない。
その人がどういう子供時代を過ごしていて、仕事が終わった後どこへ帰るのか、何を楽しみに週末まで過ごしているのか、最近何を見て泣いたのかなど、そういうバックグラウンドは全て見えないものとして扱って、今この瞬間存在しているその人としか関わることができない。

大人になると詮索しすぎることが良い結果につながらないことも多いことを学習する。
その場の関係だけ良ければ結果オーライ、下手に深入りすると関係がこじれるというのは経験則からも理解している。
だからみんな詮索しないのだ。おせっかいは嫌われるのだ。
特に自分みたいなマイノリティは触れられたくない過去の1つや2つ抱えている。
まるでマイノリティが特別そうであるかのような書き方をしてしまったが、誰しもそうした触れられたくない過去というものは抱えているのかもしれない。
マイノリティはその質が少し他のケースとは異なる。質が異なるだけで貴賤はないが、一般的に「重い」と言われる過去を持つ人も多い。

表面的な関係だけ取り繕っていればそれなりに楽しく、社交的な人生も送れるし、事実自分もそうして生きてきている部分もあるけれど、やっぱり人のバックグラウンドを知りたくなってしまうところがある。
まあ自分も今はほぼ無職のフリーライターやってて、生活のために小汚いラブホやら日雇いで働いて、なんだかんだ親とも縁切って、あまり人に言いたくない人生送っているけれども。
語りたがらないくせに知りたがりなのだ、自分は。

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by innocentl | 2016-04-11 17:06 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

クワイエットルームにようこそ

クワイエットルームにようこそ、という映画がある。

目が覚めると白い部屋で身体を拘束されていることに気づき、何が起こったのかを思い出そうとする主人公の女性ライター。
入ってきた看護師に聞くと、アルコールと睡眠薬のオーバードースで精神科の閉鎖病棟に運ばれてきたという。
見舞いに来た同棲相手の話を聞いて、ここへ運ばれる前のことを思い出す。

病院へ運ばれる前、仕事が思うように進まず、ちょうど不眠気味で処方されていた睡眠薬があったので焦燥感から酒と一緒に飲んでみたら気分がよくなってしまい、そのままついうっかり過剰に摂取してしまった……ということを思い出す。
自分の場合ついうっかり過剰摂取してしまっただけなので、何も閉鎖病棟にまで入るようなことではないと抵抗するが、看護師も医師も取り付く島がなく、おかしいのは自分なのか病院側なのかわからないといった描き方がされている。

一緒の病室の患者も「事故でオーバードースをしてしまっただけなのに閉鎖病棟にまで入れられている」と話しているし、「何故ここにいるのかわからない」といった気持ちは強まっていく。

しかし同棲相手からの差し入れに入っていた手紙にすべての真実が書かれており、それによるとどうやら自分の認識と事実は大きく異なっているらしい。

まず主人公は数年前にモデルの仕事をしているときに知り合ったゲーム会社の社長と結婚するが、「つまらない男」であったために離婚する。
妊娠もしていたが堕胎し、離婚して無一文になってしまったので風俗で働き始める。
そこで今の同棲相手と知り合い、一緒に暮らし始めることになり、彼の紹介でライターの仕事も始め、「ちゃんと働くって楽しい」と思い始めるまでになる。
ライティングの仕事で風俗関係の体験記を載せたことがきっかけで親に風俗経験がばれ、勘当される。
そんな中、前の夫が自殺したとの連絡を受け不眠症になる。ここで睡眠薬を病院から処方される。
その後なんとか持ち直し、また仕事に打ち込めるようになるも、今度は父親が亡くなったとの連絡を受ける。
勘当されている手前葬式に参列はできないが、せめてもと思い仏壇を実家に送るも、よくわからないまま他人の紹介で送った仏壇なので宗派も違えば大きさもデカいということで送り返されてしまう。
仕事も立て込んでいるのでとりあえず家に置いておこうと一旦は決め、同棲相手とその後輩に仏壇を別の部屋に運ぶのを頼み、仕事に取り掛かる。
しかし同棲相手とその後輩は「素面のまま仏壇を運ぶのはキツい」と、マリファナをキメながら作業に取り掛かり、仏壇をカラースプレーで滅茶苦茶にしてしまう。
それに怒った主人公は二人を家から追い出し、睡眠薬とアルコールを過剰摂取する。
前夫の死、堕胎したことへの罪悪感、父親の死、そして「父親の仏壇をカラースプレーで塗られても平気な顔をできる女だと思われていた」ことに対する憤りや、数百字のコラムすら書けないことへの焦りなど、様々な感情が爆発して衝動的に飛び降り自殺をしようとする。
その際止めてくれた同棲相手に縋りつくように抱き着き、セックスを求めるも「いい加減にしろ。もう別れよう」と告げられ、彼は部屋を後にする。
そしてさらに薬を飲み、救急車で運ばれることになった。
胃洗浄をしているときには「死なせてください」と話していたという。

全てを思い出すと当初の自分の認識とはだいぶ違っており、「うっとうしい女だったね」と病院の面会室で同棲相手の別れ話を受け入れる。
退院の日に一人になって病院の外に出ると、救急車で誰かが運ばれてくる。
それは少し前に退院した「事故でオーバードースしてしまっただけなのにここに入れられた」と話していたあの患者だった。


全て終わったときには一人で社会に戻されて、主人公は今後どう生きていくのだろうか。
たまに思い返したように観る映画だけれども、いつも主人公のその後が気になってしまう。

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by innocentl | 2016-04-11 15:04 | 日常 | Trackback | Comments(0)