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絶縁

親子とはいえ、根本は違う人間である。過ごしてきた共同体が一緒というだけで、親のクローンなわけでも人形でもない。全く別の人間である。

前職を辞めてから実家に身を寄せていたが、追い出されることになった。元々実家に戻りたかったかというとそうではないのだが、無い袖は振れないので仕方なく実家に身寄せをしていた。引っ越し資金が貯まるまでということで毎日昼夜関係なく昼職にアルバイトを2つ掛け持ちし、なんとか生活を立てなおそうと努力をしていたのだが、生活リズムの違いや「Web上のマガジンの記者・ライター」という親世代にとって実態が感じられない仕事内容などが理解を得ることができずに、とうとう半ば家出のような感じで絶縁を選択してしまった。

「親子なんだからわかってもらえる」というある意味幻想を心の何処かで信じてしまっていたところがあったが、うちはそうではないのだと気づいてしまった。「金銭的に困窮しているのだから、お金を入れれば少しの間だけでも実家においてもらえるだろう」という甘い見積もりをしてしまったのは僕のミスだ。いくら話しても分かり合えない人間はいる。僕はたまたまそのタイプの人間が実親だったというだけだ。他の場面で話し合っても分かり合えない人間と出くわしたとき、僕は距離を置くようにしているので、やはりこの場合は僕の今後の人生のためにも実家を離れたほうが良いのだろう。

ダンボール2箱に収まるだけの服とPC、仕事上必要な書類やカメラや少しのアクセサリーと香水、靴を3足、預金通帳と充電器の類だけを持って、家を出た。

「二度と帰らないので、残していった服や電気機器などは換金するなりして今までの家賃の足しにでもしてください」という書き置きを残し、ダンボール二箱だけを着払いで新居へ送った。

お金がないのでしばらくは彼氏の家に身を寄せることになる。ワンルームの部屋なので二人暮らしには幾分狭いが、僕も会社に泊まったりアルバイト先のラブホの客室に泊まったりできるので、距離を置きたくなったら僕は外で過ごすということを伝えた。

本当は人になど頼りたくないのだが、無い袖は振れないし、背に腹は代えられない。

出来る限り迷惑にならないよう、早くお金を貯めなければ。やることはたくさんある。焦燥感を感じている暇すらない。とにかく、生きるしかない。

なるべく迷惑にならないよう気をつけないと。

親を傷つけたいわけではないが、僕も僕の人生を歩まなければならないし、生活をしていかなければならない。

宅配便の集荷が来て対応をしていた間に書き置きを読んだのだろう。

家を出る準備をしていたら母親が「少し話しましょう」と言って僕の部屋のドアをノックした。

今まで育ててくれたことに関しては感謝をしている。けれども、僕ももう24なのでいつまでも親の理解の及ぶ範囲でしか行動を出来無いような、コントロール下で動く人間であってもならないと思っている。だから仕方のない事なのだ。

母親は心配をしていた。僕の描くビジョンがどうなっているのかを尋ね、僕には僕の、親には親の人生があるということをたどたどしい言葉であったが説いた。僕も今までのことに関しては感謝をしているが、今後の人生のためにも、このまま僕が実家にいてはお互いが駄目になってしまうことを話した。好きで昼夜関係なく働いているわけではないこと、好きで低所得なわけではないことなど、今まで言えなかったことも素直に話した。もっと早く話せていれば、こんなある意味究極の選択をしないでも良かったのかもしれないのにな、とも感じた。

「今日出て行く」と伝えると、母親の顔が困ったように歪んだ。「そんな急に」と、言葉に詰まっているようだった。「携帯の番号も変えたから」とだけ残し、玄関の方へ向かったが、母は「どうして何も言わずにそうやって色々なことを進めるの」と、泣きそうな顔で言っていた。無視するような形で僕はドアを開け、駅へ向かった。

頭を冷やせばまた家族に戻れるのかもしれないけれども、僕もこの数ヶ月でだいぶ傷ついたし、色々なものを摩耗した。また会える日が1年後なのか10年後なのか、もう一生会うことがないのかわからない。

子供の家出ではないので、それなりの覚悟を決めて僕もこの選択をした。

1224日はすごく暖かくて天気が良い、家出日和だった。


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by innocentl | 2015-12-25 18:37 | 日常 | Trackback | Comments(2)

年賀状

年賀状を作っていた。
年賀状なんて本格的に用意したのは小学生の時以来だった。
中学1年生の頃にはすでに携帯電話を持っていたので、「あけおめメール」で済ませていた。
その後SNSが発達するとSNSの書き込みだけで済ませるようになり、たまに物好きな人から「年賀状を出したいから住所を教えて」と言われたときに住所を交換する程度だったので、業者以外の年賀状は毎年1枚か2枚届けばいい方だった。

今年はビジネス面でも様々な関わりができたので、小学生以来初めて年賀状を数十枚も用意した。
と言ってもすべて手書きしたわけではなく、ネットプリントで印字デザインを選んで、宛名を入力しただけなのだが。

たまにはこういう作業も楽しいなと思った。

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by innocentl | 2015-12-07 00:33 | 日常 | Trackback | Comments(0)

女性不信

前の職場で受けたパワハラの影響で、女性不信気味になった。

前職は女性の多い職場だったために女上司、女の先輩に囲まれて仕事をしていたが、女性というのはどうも徒党を組んで「女対男」の構図を作りたがる節がある。
部署に1人だけの男だった僕はいつもスケープゴートに使われ、何か起これば槍玉にあげられた。
仕事のことだけならまだしも、女性はプライベートの詮索もおかまいなしだし、仕事に関係ない人格攻撃はしょっちゅうだし、「こっちは女なんだからいいでしょ」のような態度で堂々とセクハラ染みた発言をしてくる。
性的なセクハラではなく、ジェンダー差別に基づくセクハラだ。
「都合の悪いことは男が責任を負うべきで、女は常に弱い立場」という意識で、男を追い詰める職場だった。

もちろん世の中の女性が全てそうだと言い切る気はないが、自分の身に起こった経験ベースでバイアスというものはかかるので、女性とは今後の人生でなるべく関わりたくないなと思っている。
レズビアンの子が相手なら普通に話せるのだが、どうもノンケの女性相手だと「どうせお前も俺の敵なんだろう」というバイアスが最初にかかってしまい、必要以上に身構えてしまう。

環境が僕の知覚を歪めたのだと思う。
女性は仕事上でも「女性性」を武器にして男を威嚇するので怖いし、もう二度と「女性が働きやすい」を謳い文句にしている職場には勤めたくない。
かといってガチガチの男社会というのもそれはそれで性根の悪い奴が多いというのを知っているので、バランスの良い企業に勤めるべきだと思う。
まぁ、今はフリーランスだからこんなことを考えていても仕方がないのだが。

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by innocentl | 2015-12-05 02:26 | 日常 | Trackback | Comments(0)

鏡を見る

鏡を見ると、「年を取ったな」と思う。
決して老けただの、年老いただのというマイナスな感情ではないのだが、肌の質感や顔の彫り、髭の生え方などどれをとっても昔とは違うように感じられる。

顔は履歴書だと良く言うけれど、本当にその通りなのだなと実感する。
学生の頃の顔は、今と顔の造りはまるっきり同じものだったと思うけれども、もっと何も知らない顔をしていたと思う。
良くも悪くも無邪気で、全能感に溢れていた。
そこそこの優等生として生きてきたから挫折なんか知らずに、このまま人生は順風満帆に過ぎていくものだと思っていた。
転職をすることはあれど企業勤めをするだろうし、つまらないけれど安定した生活をして、週末はたまに友人と騒いでといったような生き方をするのだろうと思っていた。

仕事のことでもそうだが色々あって、初めてと言っていい程の挫折を経験した。
挫折によって戦場から一旦退くという経験で、僕は今まで見えなかった(見ようとしてこなかった)ことが見えてきたし、強くなったと感じる。
強くなったというのは決して自分の力が強くなり、周りを打ちのめせるようになったというわけではなく、自分の弱さを自覚して受け入れることができるようになった。
自分が何にストレスを感じるのか、自分はストレスの閾値を超えるとどのような行動に出てしまうのかを自覚すること。
自分にとって何が大切なのか、自分を気にかけてくれている人が誰なのか。
一度落ちるところまで落ちてしまえば、次からは落ちる前に対策がとれる。

もちろん自分自身の生きる力は強くなった。
嫌なことは嫌だと、できないことはできないと言えるようになった。
どうやら僕は人から好かれたいがために自分の身の丈以上の仕事を抱え込み自爆するタイプだったようなので、最初から無理なもんは無理と伝えて折衷案を相手に要求できるようになった。

そうした経験や考えの変化が、顔に表れているようだった。
色々なことが起こる前に比べて、どこか飄々とした雰囲気の顔になったと思う。
「自分の責任じゃないことは負いこむ必要がない」「自分の食い扶持だけ稼げればいい」「明日死んでもいいじゃないか」と、本心から思えるようになった。
人生、そう大切なことなど多くない。
何事も抱え込む必要などなく、受け流していけばいい。
変わらないものはないし、しがみ付く必要もない。
捨て鉢にならず、かといって必要以上に気負わず、リラックスして生きればいいと思う。
生きる場所は一つじゃないので、いつだって移動できる。

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by innocentl | 2015-12-02 22:04 | 日常 | Trackback | Comments(0)