カテゴリ:恋愛( 272 )

イルミネーション

日曜日に友人とランチをして、解散した後に街をぶらぶらしていたら彼氏から「イルミネーション見に行かない?」とメッセージが入った。
彼氏は日曜日も仕事だったので、仕事帰りに駅で待ち合わせることになった。

一緒に暮らしていると、どこかで待ち合わせるということをしなくなるので新鮮だった。
待ち合わせ時間に間に合うように電車に乗り、駅で彼氏を待っていると間もなく仕事着姿のままの彼氏が改札から出てきた。
イルミネーション企画をしている公園は彼氏が生まれ育った街の駅が最寄りだそうで、「降りるの5年ぶりくらいかも。だいぶ駅も変わっちゃってる」と言っていた。

駅から公園まではほぼ一本道で、徒歩で15分くらいの道のり、彼氏は懐かしそうに「高校生の頃はあの定食屋によく行ってた」や「この道を使って高校まで通ってた」などと思い出話をしてくれた。
自分は子どもの頃の彼氏の姿を思い描きながら、風景の中に彼氏の幻影のようなものを投射して「うん、うん」と頷きつつ話を聞いていた。

公園全体をライトで彩ったイルミネーションは本当にきれいで、ややこぢんまりとしていたけれどもそれがかえって気取らない雰囲気を感じさせて良かった。
カップルや友人同士というよりは、来場客はほとんど家族連れだったのがこの街っぽいなとも思ったりした。

帰りには彼氏が地元にいたころによく友達と飲んでいたという居酒屋で焼き鳥と焼酎を楽しんで、ちょっとゲームセンターに寄り道をしてから帰ってきた。
たまには待ち合わせも悪くないなと思った1日だった。


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by innocentl | 2017-12-11 12:15 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

ディズニーシー

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彼氏とディズニーシーへ行った。
数週間前に酔っぱらった勢いで「月末はディズニーでも行くか」と言っていたらしく、完全にノリだけで日帰りディズニーへ行くことになった。

お互い朝からガッツリ全力でテーマパークを楽しむという人間でもないため、15時から入園できるスターライトパスポートを使った。
酔った勢いの提案で決まった外出なので、彼氏はそもそもそこまで乗り気ではなかったようだが。

学生時代は平日や春休みなど人が少ない時期を選んで行っていたこともあり、パーク内はだいぶ混雑しているように見えた。
パーク真ん中に海がぽっかり空いている関係上、ディズニーランドと違って移動がほぼほぼ一本道になってしまうので余計に混雑するのだと思う。

船に乗ったりシンドバッドのアトラクションに乗ったり、回転率のいい小規模なアトラクションにいくつか乗って雰囲気を楽しんだ。
その後はラウンジでお酒を飲みながら休憩したりとだいぶのんびり過ごしていたが、タワーオブテラーには乗っておこうという話になり夕方くらいから並び始めた。
100分待ちということだったので「まぁそれくらいなら」と思い並び始めるも、システム調整の影響でエレベーターが2台停止しており結局3時間ほど待たされた。
アトラクションの説明を受ける段階まで進んでしまえばあっという間で、数分で終わってしまったのでメディテレーニアンハーバーへ戻ってから夕飯を食べて、入園時に取っておいたインディージョーンズのファストパスを使ってアトラクションを楽しみ、帰路についた。

今はハロウィンの期間のせいか、パーク内にはディズニーキャラクターに扮したゲストやコスプレイヤーが大勢いて、中でもジャックスパロウの仮装をしている人たちはキャストなのか単に仮装しているだけの人なのか見分けがつかなくて戸惑った。

歩き疲れたせいで彼氏は最後の方は無言になっていたけれど、久々に行くとやっぱり楽しい場所だなと感じた。
家族連れが多いので小さい頃のことをいろいろと思い出す。
あの頃はパークでもらえるマップを大事に引き出しにしまっていて、事あるごとに取り出しては眺め、空想の世界に浸っていた。
本当に小さかった頃はリトルマーメイドやアラジンの世界に自分が行ったら……という妄想をしていたが、ある程度成長しても「この時代のニューヨークに生まれていたとしたら」「探検家として生きるとしたら」といったテーマで空想をしていたと思う。

空想癖があるのは今でも変わりないが、それを制するように必要以上にリアリストでペシミストになるように自分に課してきた気がする。
いい大人だし現実的に生きているけれど、実際はありもしない空想を張り巡らして憧れることもある。
これって誰にでもあることなのだろうか。大人だと普通は空想しないものなのだろうか。
子どもだけじゃなくそこそこのいい年齢の大人たちが楽しそうにパークを闊歩しているのは、子どもの頃の記憶に思いを馳せているからなのか、現実として“遊園地”を楽しんでいるだけなのか、空想の世界と現実世界の境目が曖昧になって夢心地なのか。

大人も夢を見る生き物なのだろうか。
なんだかこの年齢にしてモラトリアムだ。

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by innocentl | 2017-09-25 11:20 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

支え

「今の彼氏とは付き合ってどれくらいなんですか?」という質問に、「そんなに長くはないです。3年くらい」と答える。
社会人になってからというものの1週間は長いが1年が短く感じられ、3年という月日はあっという間だった。
前の会社にいるときに付き合い始め、仕事を辞め、なんとなく同棲を始めて……と、ここ数年で起こった出来事が多かったので、気づけば3年経っていたという感覚だ。

学生の頃とは時間に対する感覚がやはり異なる。
あっという間に死ぬんだろうな、と思う。



年数で言えば初めての彼氏がいまだに一番長い付き合いだ。
初めて付き合った彼氏とは高校時代から4年半ほど付き合った。
過ぎてしまえばあっという間のことなのかもしれないが当時は年齢が若かったこともあり、4年半という月日は相当長いものに感じられた。

別れた当時は若さゆえに自己憐憫の涙を流したこともあったけれど、どっちが悪いとかいう話ではなく、互いがうまくマッチングしなくなっただけのことだった。
付き合っている期間、彼の父は事故に遭い介護が必要になった。母も軽度の認知症を患っていることがわかり、彼はそれまでしていた仕事を辞め、転職活動をするようになった。
実家が裕福だから心配ないと言い、(おそらく子ども扱いされていたのだが)彼は自分に家庭の状況を話すことは多くなかった。

何度か転職をしていたが、職場環境と合わなかったり介護の必要な両親を抱えているために起こるさまざまな問題のため、どこも長続きしておらず精神的な余裕を失っているように見えた。
その頃自分は大学に入学し、少しずつ学内でもゲイ関係でも交友関係が広がっていった。
周りの友人たちはみな年相応に遊んだり学校に通ったり、人生を楽しんでいるように見えて眩しかった。
一方で彼は仕事や家庭のことに必死で前ほど友人たちと出かけることもなくなっていたし、自分に対して執着というか束縛というか「縋る」ような形になってきており、それが当時20歳前後の自分にとっては重く感じてしまっていた。
「死にたい」「今抱えてるものをすべて手放して消えてなくなりたい」という愚痴も増えていた。
同世代が楽しそうにキラキラと毎日を過ごしている(ように見えた)なかで、自分は鬱屈した感情を抱えて精神的に不安定になっている彼氏と暗闇の中で脆いガラスの上を歩くような関係を続けていっており、その対比がさらに自身の虚しさを強調させていた。

自分がそのとき彼と同じくらいの年齢で働いており、ある程度の収入があるということであれば別の支え方もできたのかもしれないが、学生だった自分にとって彼の抱えているものはあまりに大きすぎて、彼越しに伝わってくる不安とか絶望感のようなものが自分も蝕んでいくように思えた。
思い返せば寄りかかる彼を跳ねのけて自分は逃げたのだ。

最後に会ったときのことをまだ覚えている。
たぶん普通に食事をとったあとにセックスをすることになったのだが、なぜか涙が止まらなくなってしまい「もう無理だ」と自分から伝えたはずだと記憶している。
そのとき彼は仕事か何かで箱根に行ってきた際に買ってきてくれたお土産を持っていたのだが、受け取らずに部屋を飛び出して駅に向かった。
その日の夜に「お土産、捨てるね」と短いメッセージがSMSで届いていたが、その短い一文の中に彼の寂しさとか呪詛めいたものを感じて、自分を責めた。
数日後に改めて別れ話のようなものをメールで送りあったが、それきりだ。
たぶん別れ話もきれいにまとまってはおらず、どこかで途切れてそのまま音信不通なだけだったと思う。
4年半付き合ってきて、終わりはあっけないものだった。あれ以来、どこかで偶然に元彼と会うということもない。

今の彼氏とは互いに社会人ということもあり、ある程度自立した人間同士で付き合いをしているから、今のところはバランスがとれていると思う。
なるべく穏やかに、バランスを崩さずに生きていけたら、とひっそり思う。

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by innocentl | 2017-07-13 12:52 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

レジャーとしての恋愛

1度付き合うと、自分はわりと長く続く方だと思う。
今の彼氏とも3年を迎える。

というのも「この人とは長続きしそうだな」と思っている人を選んでいるのだから至極当然のことであるのだとは思うけれど、そうではない人も多いらしい。
何度かデートをして舞い上がって、見た目も嫌いじゃないしドキドキして、セックスをして「ああ好きだ」と感じることもあるだろうけれど、それは「恋人ごっこ」を楽しんでいるだけで相手の本質を見て「添い遂げていきたい」と思っているのとは違うと思う。
それは猫やカラスがレジャーとして狩りの真似事をして、食べもしないのに遊びでハトやネズミを殺す行為と似ている。
要は単なるスリリングな「遊び」であるだけなのに、それを本物の恋だの愛だのと錯覚して「付き合いましょう」なんて伝えてしまうから、ちょっとした不一致ですぐに別れるという行為を繰り返すのではないだろうか。

別に1人の人と長く付き合うことが偉いとも思わないが、「長く付き合う相手が欲しいのになぜ」と周囲に漏らしながら恋人をとっかえひっかえして過ごしている人って、自分が見えていなくてダサいなと思う。
そもそも「長く付き合える相手が欲しい」という前提がおかしくないだろうか。
とある人に惹かれていって「この人と長くお付き合いしたいな」と感じるのが順序としては正しいと思うけれど、まず「誰でもいいから付き合いたいな」という前提が来ているのではそりゃあいい相手も見つからないよな、と。
結局のところ「関係性への憧れ」が先に来てしまっていて、肝心の相手の本質を理解しようとする気持ちとか、その手の心が一切ないというのはなかなか自分本位さが露骨に表れていて面白い。「彼氏が欲しいな」という発言自体も「相手はどうであれ、愛してくれる人が欲しいな」という意思が透けて見えてどうかと思うが、それを悪びれずに発言できるというのもいい性格しているなと感じる。

自分は今の恋人とは見た目が好きだの、優しいから好きだの、そういった理由で付き合ってはいない。
もちろん第一印象や最初の数回のデートではそういった部分がフックになっていたところもあるかもしれないが、自分がどん底のときに手を差し伸べて支えてくれたのは彼だけだった。
家族も友人だと思っていた人も、いったん自分が失業やら精神的に参ってしまうやらを経験して「堕ちて」いったら離れていった。
周りに誰もいない状況でも彼だけは支えてくれていたので、自分は恋愛的な「好き」以外にも恩義とか忠誠とか慈愛とか絆とか、そうしたものをすべてひっくるめたものを彼に返していかなければいけないというか、返していこうと思いながら生きている。
それは「愛」だとかいう陳腐な言葉で表現するものとも違うと思う。

「恋愛ごっこ」はただのレジャーだ。
本質はそこにはない。

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by innocentl | 2017-06-09 18:06 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

タオルケット

小さい頃から寝るときにタオルケットを足の指で挟むのが好きだ、と彼は言った。
一緒に眠るときも彼の足元には黒いタオルケットが置いてあり、足の指でそれを挟んだり弄んだりしながらだんだんと眠りにつく。
小さい頃から大切にしているぬいぐるみを捨てられないとか、緊張する場面で心の中で唱えるおまじないとか、そういう誰でも大人になっても抱えている「小さい頃の自分」を見せてくれたことが嬉しかった。

どんな子供だったのか、家族との関係はどうなのか、僕は人を詮索しすぎてしまうところがある。
もちろん疑問に思ったこと全てを聞いたりなどしないが、僕と関わりを持つ人の持つバックグラウンドが気になる。
大人の世界、仕事上の付き合いだったり、出先でよく会うけれどもそこまで親しくない間柄の人とは「今そこに存在しているその人」だけと付き合わなければならない。
その人がどういう子供時代を過ごしていて、仕事が終わった後どこへ帰るのか、何を楽しみに週末まで過ごしているのか、最近何を見て泣いたのかなど、そういうバックグラウンドは全て見えないものとして扱って、今この瞬間存在しているその人としか関わることができない。

大人になると詮索しすぎることが良い結果につながらないことも多いことを学習する。
その場の関係だけ良ければ結果オーライ、下手に深入りすると関係がこじれるというのは経験則からも理解している。
だからみんな詮索しないのだ。おせっかいは嫌われるのだ。
特に自分みたいなマイノリティは触れられたくない過去の1つや2つ抱えている。
まるでマイノリティが特別そうであるかのような書き方をしてしまったが、誰しもそうした触れられたくない過去というものは抱えているのかもしれない。
マイノリティはその質が少し他のケースとは異なる。質が異なるだけで貴賤はないが、一般的に「重い」と言われる過去を持つ人も多い。

表面的な関係だけ取り繕っていればそれなりに楽しく、社交的な人生も送れるし、事実自分もそうして生きてきている部分もあるけれど、やっぱり人のバックグラウンドを知りたくなってしまうところがある。
まあ自分も今はほぼ無職のフリーライターやってて、生活のために小汚いラブホやら日雇いで働いて、なんだかんだ親とも縁切って、あまり人に言いたくない人生送っているけれども。
語りたがらないくせに知りたがりなのだ、自分は。

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by innocentl | 2016-04-11 17:06 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

シニカルな僕

ふにゃふにゃした人だと思っていたけれども、意外と彼氏はどっしりしたところもある。
さすが年の功と言うか、人生の先輩なだけはある。

情緒不安定さが酷かった時期、食事をするために上野駅で待ち合わせをした。
僕は上野駅中央改札で20分も前から彼氏を待っていた。
憂鬱な気分が強すぎて、買い物をしたりぶらぶらしたり、カフェかどこかで時間をつぶすということができなかったのだ。
動くくらいなら同じ場所でじっとしていた方がマシ、というか、動けなかったのだ。

そんな状態の中、人ごみの中で彼氏を見つけた瞬間、涙があふれて止まらなかった。
そんな僕を見て彼氏は「どうしたの」と笑った。
普通、引くだろう。ドン引きだ。

大の大人の男が、上野駅中央改札という大規模ターミナル駅のメイン改札広場の真ん中で泣いているのだ。
知らないふりをされてもおかしくない。

そんな自分を「どうしたの」の一言だけで笑って済ませ、「まぁ、今は自分のことだけ考えてればいいんだからね」と言い、僕を居酒屋へ連れて行った。
懐が深い人だ。


今の彼氏は何を考えているのかわからない人だな、と思っていたけれど、実は僕が分かり易すぎるのかもしれない。

その日の帰り道、上野駅の近くにあるパンダのオブジェクトを見て、彼氏は「かわいいー。パンダ好き」と言っていた。
年上なのに、狙っているわけではない子供っぽさが残っている彼。
なのに、経験値はあるから、無理に大人ぶっている僕の心のうちは見透かされている。

おかしな関係だ。
シニカルを気取って背伸びする若造と、一見ふにゃっとしたように見えるが鋭い年上の組み合わせ。

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by innocentl | 2015-06-29 21:34 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

好きだった人の住んでいた街

仕事で、昔好きだった人の住んでいた街へ行った。
昔と言っても数年前の話であるので、当たり前ではあるが、街は変わらず高層マンションが立ち並び、相変わらずどこか殺風景な雰囲気であった。

この街を歩くときはいつも緊張する。
昔から人が住んでおり、人が生活をし、その結果として発展してきた街は、体温を感じることができる。
街に血が通っているかのように感じられるのだ。
葛飾や足立のような下町を歩いているときは、歩くエネルギーを街の地面からもらっているかのように感じる。

しかし、この街のように、まず最初に「開発計画」を基に海を埋め立て、まるで定規で引っ張ったかのような直線の道路を造り、碁盤の目のような区画にレゴブロックを差し込むように高層マンションを建ててきた街というのは、どうも人工的過ぎて恐ろしいのだ。
街を歩くときに足の裏から脳に伝わる信号が、やんわりと僕に「ここにいるべきではない」と警告をしているように感じられる。

この街を歩くとき、足の裏は氷のように冷たい。
仕事を終えて地下鉄のホームに降り立った時にようやく、氷のような足裏に体温が戻る。
地下鉄の座席に座って、ようやくほっとする。


思えば彼といる時も、安心をしたことなど一度もなかった。
別に付き合っているわけではなかったので、こんな感情を抱くことすらおこがましいのだが、彼といる時はいつも不安だった。

好きだ、と言ってくれた。
一緒にどこかに旅行に行こう、と言ってくれた。
一つ一つの台詞は、当時の僕にとって小躍りするくらい嬉しいものであった。
彼の言う約束ごとがすべて実現すればいいのに、と思っていた。

しかし、矛盾するようであるが、安心感を持って彼の台詞を受け止めたことはなかった。
現に付き合う、付き合わないのすったもんだが発生する以前に「彼氏ができた」と言われ振られてしまったのであるが、こういう結果を想定して心にブレーキをかけていたのかもしれない。
その結果、僕は彼といる時はいつも不安な気持ちを抱えたままであったのかもしれない。


彼は今何をしているだろうか。
この街には彼はもういない。
彼がいたからこそ足を運んだこの街も、彼がいなければただの大きな空箱である。

嘘みたいに人工的な街に、僕のなりたい理想を兼ね備えた彼がいた。
全部、嘘だったのかもしれない。
僕の願望が作り出した、プロジェクションマッピングのようなものであったのかもしれない。

今では彼もいないので、願望のプロジェクションマッピング上映も終わってしまった。
この街は空っぽである。


東京に一つ、上映終了マークの付いた街が増えた。
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by innocentl | 2015-04-15 00:43 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

不安にさせる

「友達と朝まで飲んでたり、クラブに行くときは一言言ってほしい」

彼氏が寝る前に、布団の中でこう僕をなじった。
別にやましいこともないので隠してもいないのだが、朝帰りをするのはやはり相手を不安にさせるようだ。

いや、僕だから不安にさせるのだろうか。
世の中には朝まで遊んでても人に全く不安を感じさせないタイプの人間もいる。

僕はどちらかと言えば、相手を不安にさせるタイプである。
隠し事をしているわけではないのに、人に色々と想像させてしまうタイプなのだろう。


「うん、わかった」

そう言って、眠りについた。
安心を貪り求めている僕がいちばん、人を不安にさせている。
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by innocentl | 2015-01-21 23:39 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

「痩せた?」



一年ぶりにセックスをした彼は、僕の身体を見て「少し痩せた?」と問いかけた。
「ジムに通い始めたから、脂肪は落ちたと思う。筋肉で体重は増えてる」と答えた。

「君は変わらないね」と言いかけたけど、彼も彼で変わったのかもしれない。
元々の彼がどんな姿だったか、すっかり思い出せないほど時間はあっという間に過ぎ、記憶が風化してしまったのかもしれない。

元々の彼の姿を強烈に胸に焼き付けているほど自分には余裕がなかったのだろう。
いつまでも子供染みた感傷に浸って過ごしていけるほど、この現代の日本で流れる時間は悠然としたものではないのだ。

東京では速足で歩かないと、たくさんの人にぶつかる。
のろのろ歩こうものなら、同じ場所から一歩も動けないほど周りは常にめまぐるしく動いている。
東京の時間もまた然り、なのだ。
いつまでも同じ場所で立ち止まっていられるほど、今の自分たちが生きている場所は優しい世界ではない。


結果として、時間をかけて打ち捨てるべき感情も、取り急いでどこかへ置いてきてしまったのだろう。
一年ぶりに彼と再会して、彼は僕が時間をかけて向き合うべき感情をもう一度僕の手元へもってきてくれた。

一年経ったから、僕も冷静に当時の感情と向き合うことができた。
旧友に会ったかのように当時の感情を迎え入れ、きちんとお別れをすることができた。

人ごみに紛れてどこかへ置き去りにしてきてしまった感情と、きちんと向き合いお別れをすることができた。

都会で暮らすと物忘れが激しくなる。
忙しすぎて、刺激が多すぎて、楽しいことはもっと楽しいことにかき消され、悲しいことももっと悲しいことにかき消される。
忘れちゃいけないことまで忘れてしまっていることも多い。

忘れっぽいと、自分をタフだと勘違いしてしまう。
きちんと感情や自分自身に向き合う時間を作っていられないだけであるのに、それを強さだと勘違いしてしまう。
そうすると幼さがアンバランスに表れてしまうので、やはり少しは自分自身との対話の時間を作ってあげることも必要なのかもしれない。


そう言えば、彼の部屋にはスーツが増えていた。
仕事を変えたのだろうか。
まぁ、今となっては知る由もないが。
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by innocentl | 2014-05-08 22:01 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)

We are never ever getting back together



アゲハに行った。
大型のクラブイベントに行くのは久々だったので、友人と待ち合わせて早い時間から乗り込んだ。

オープン前に着いてしまったので、あまり待つことなく入れた。

相変わらず会場はものすごい熱気で、好きな音楽がたくさん流れているわ、ミラーボールやライトでキラキラしてるわで、本当に非日常。
さながら舞踏会。


あっという間に時間は過ぎ、明け方の5時になった。
ぼちぼち始発も動き始めるので帰ろうと思い、一緒に来た友人に帰る旨を伝えるためにプールサイドへ行った。
プールサイドで友人を探していたら、少し離れた位置に彼がいることに気付いた。

一昨年の12月のアゲハで出会い、恋愛ごっこのようなことを繰り返し、結局翌年の4月に「彼氏ができた」と告げられてあっけなく失恋してしまった、あの彼である。

最初に気付いたときは無視しようと思った。
だが気づいたときにはもう遅く、向こうがこっちに気付いてしまった。

「久しぶり。あれから連絡全然取り合ってなかったから心配してたよ」と言い、彼は僕を軽く抱きしめた。
色々な感情が沸き上がったけれども、それよりも懐かしい気持ちが勝っていたので、そのまま抱きしめあったまま近況報告をしあった。

自分は就職をしたこと、引っ越しをしたことなどをつらつらと話し、彼も引っ越しをしたことや前の彼と別れたことなどを話していた。
そんなことをしていたら、後ろで友人がばつの悪そうな顔で立っていたので、「じゃあそろそろ帰るね」と告げ、友人とロッカーへ向かった。
いや、向かおうとした。

彼は僕についてきたので、手をつないで僕と彼、そして友人でロッカーへ向かった。
ロッカーで友人は「眠いから先に帰るね」と言って、そそくさと帰ってしまった。
このとき友人にはものすごく気を遣わせてしまったと思う。

「なんか俺のせいであの子に気を使わせちゃったかな?」と彼が言ったので、「そうだよ」と、さらりと返しておいた。


そこからは彼と二人で駅まで向かった。
二人とも有楽町で乗り換えるので、それまで車内で他愛もないことを話した。
自分が去年よりも大人びたと彼が言ったので、僕は「君は変わらない」と返した。

有楽町へ着き、僕はJR線に乗り換えるために反対方向へ歩こうとしたら、彼が腕を引っ張って「千代田線はこっちだよ」と言った。
変わらないな、と思った。
少年っぽいというか、悪戯っぽいというか。
それでいてまっとうに社会人をしていて、さらに高給取りなのだから、本当に何か実体のない存在のような気がしてくる。

「千代田線?どこに引っ越したの?」
「港区」
なんて話しながら、自分も特に拒否することなく彼についていった。
断る理由も特に思いつかなかった。


そのまま電車を乗り換え、赤坂で降りた。
赤坂からしばらく歩いて奥まった所へ行くと、レトロなマンションが目に入ってきた。
彼はここが新しい住居だと言った。

建物の外見は古く感じるが、リノベーションされているので中は清潔で新しい印象だった。

前に住んでいたのが臨海エリアのタワーマンションで、今回は赤坂のリノベーションマンション。
殺風景にすら感じた開発途上の臨海エリアから、緑の多い赤坂の高台のマンションへの引っ越し。
真逆だな、と感じた。

以前は、というか記憶の中の彼は、人懐っこいけど都会的なドライさも持ってる人だと感じていたけれども、こういうエリアに住むということで印象が少し変わった。


部屋に入って、シャワーを浴びて、昼過ぎまで寝ていた。
クラブイベントの後、彼と帰るときはいつもこうだった。
見慣れた光景。

起きたらセックスをして、夕方までベッドで横になりながらぽつりぽつりとお互いのことを話す。
これも見慣れた光景。

夕方を過ぎたらぼちぼち身支度を整えて、彼は友人と夕食へ、僕は自宅へ。
気怠い体を引きずって、二人で六本木まで歩いた。


六本木駅の地下で、最後の話をした。

「去年、あれ以来ラインも繋がらないし、ツイッターもフォロー外されちゃったみたいだね」と彼が言い

「うん。ラインもツイッターも君のことをブロックしてるし、もう会わないつもりだったから。たぶん、これからも会うことはないと思うけど、またどこかで会ったら今日みたいに話したりしようね。さようなら」と僕が言う。

そのまま、お互いの連絡先を聞くことなく、僕は日比谷線に乗り、彼は大江戸線に乗って、それぞれの場所へと向かった。
さようなら。


もう会わないつもりだったけれど、やはり会えば会ったで懐かしくなるものだ。
彼を嫌いになったわけではない。
今でも好きだし、尊敬している。

ただ、もう会わない。
それだけである。


1年越しで、吹っ切れたような気もする。
ちゃんと話せてよかった。
さようなら。
またどこかで会ったら、その時はよろしく。

引っ越し好きな彼のことだから、都内をぶらぶらしていたら、きっとまたどこかで顔を合わせることになるでしょう。


彼にさようなら。
去年の自分の恋にさようなら。
子供染みた感傷にさようなら。

僕は今日、一歩だけ、あの時から踏み出すことができた。
止まっていた時間を動かし始めることができた。


ありがとう、さようなら。
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by innocentl | 2014-05-04 18:54 | 恋愛 | Trackback | Comments(0)