影を追いかけて

昨年から物書きの仕事を始めた。
フリーランスを名乗るにはまだまだ仕事量が足りないし、失業保険の給付が終了するころまでには今の3倍から4倍くらいの原稿をコンスタントにこなせるようにならなければいけないとは常々思っているのだが、最初の一歩は確実に踏み出せている。

物書きになろうと思ったきっかけをくれた人のことは何度かここにも書いている。
高校生の頃の自分の文章を読み、「物書きになるべきだ」と言ってくれたかつての友人。
自分自身も音楽誌などでライティングをしながら、編集業も行っていたあの人。
病気を苦にして(なのかはわからないが)自ら命を絶った人。
あの人が自殺をしてからこの2月で6年経った。
今でもたまに遺書を読み返すことがある。

「そこそこの大学を出てそこそこの企業で安定した人生を送りたい」と思って学校法人に就職をした自分が、本当は文章を書くことを生業にしたいと思っているのだとは自覚しないようにしていた。
好きなことを仕事にしてしまったら言い訳ができなくなるのが怖かったのだと思う。
自分の世界の中で完結していれば批判されることもない。その代わりに読んでくれる人は限られてくる。

高校生の頃の拙い文章を読んで、あの人は「リズムがいいね。引き込まれるよ。大学に入ったら仕事を紹介するから文章を書いてくれ」と言ってくれた。
「嘘だろう」といまいち真剣に取り合わなかったのが今でも悔やまれる。
大学に合格したのを報告しようと思っていた頃、彼は自殺をした。

死んだ人やその人との思い出を変に美化して語り部にすることには抵抗があるが、僕にとって彼は確実に人生を変えてくれた存在だった。
もっと真剣に語り合って、文章のことを教えてもらいたかった。
「年上の友人」という枠組みだけでなく、ビジネスパートナーとして、先生として、先輩として、ライターとして、編集者としての彼を見てみたかった。
今思えば淡い恋心のようなものすら抱いていたような気もする。

今後の人生、彼の影を追いかけたり、見失ったりして生きていくのだと思う。
大人だって弱さはあることを教えてくれた、少し見栄っ張りだった彼。
全てが全て尊敬に値することではなかったかもしれないが、そういう弱さや強がりや心の闇みたいな人間らしさも含めて彼が好きだった。

彼が好きだった。
ずっと、いつまでも追いかけてしまうのだと思う。
物書きとして、編集に携わるものとして、一人前になった自分を見たら彼は何と言ってくれるだろうか。
葬式に出られなかったせいもあるかと思うが、まだ彼の死は僕の中で完結していない。
いつか受け入れられるときが来るとして、僕は何を思うのだろうか。
4年付き合った彼氏との思い出はすっかり風化してしまったが、彼の存在は影のようについてくる。

僕が東京を離れたがらないのも彼の呪縛のようなものなのかもしれない。
彼のコピーキャットではいけないのは理解しているが、もう少しだけ彼の影を追いかけたい。

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by innocentl | 2016-02-09 18:04 | 日常 | Trackback | Comments(0)
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