遺書を読む

5年前に自殺した友人からの遺書を、今でもたまに引っぱり出してきて読むことがある。
今、ここに5年前、と書いたが、改めて彼の死は5年も前のことになってしまうのかと、時の流れの速さに恐れおののいている。
いや、あっという間だったなという思いもあるが、「まだ5年」なのかという意識もある。

5年前、僕は大学に合格し、喜びの報告を彼にも電話で入れようとしたが、留守番電話サービスに繋がってしまった。
元々身体を崩しているとは聞いていたので、「また短期の検査入院かな?」と軽く捉えていた。
その数日後、彼と親交が深かったという彼の友人から、「君にも連絡した方が良いと思って」ということで、彼が自殺をしたことを聞かされた。
少し前までは一緒にカラオケをしたり、食事をしたり、普通に過ごしていた相手が、こんなにもあっさりと死を迎えるとは想像もしていなかった。

自殺という死因のため、また彼の複雑な家庭環境のため、葬儀は家族葬にて執り行われ、しばらくは墓石すら立っていなかった。
余談だが、墓石が作られたのは彼の死から1年経ってからであった。

生前、彼はライターをしていた。
複雑な家庭状況のため、親とは暮らしておらず、叔父に育てられていた。
その叔父から虐待を受けており、彼の顔にはその時につけられたという傷跡が生々しく残っていた。
20代の前半で世界を放浪するバックパッカーだった。
行く先々でアルバイトをして小銭を稼いでいた。
日本に帰ってきてからは音楽誌や文芸誌でライターとして仕事をしていた。
僕が彼に初めて会ったときは、彼は31歳か32歳だった。
僕の失恋を彼が慰めたり、彼の失恋を僕が慰めたり、年齢差を感じつつも良好な関係を保っていた。
僕が大学に入る年の夏には個人でWebポータルサイトだかミニコミ誌を作るため、僕に映画や音楽のレビュー記事やコラム欄を任せたいと話してくれた。
脳に腫瘍があって定期的に検査に行かなければならず、腫瘍のために頭に信じられないくらいの激痛が数分間毎日続き、薬の副作用で急に嘔吐してしまうことが多いと話していた。
検査の結果、悪性の腫瘍のため早急に手術が必要だと話していた。
手術をしなければ命に危険があり、手術をすれば余命が伸びるが3年毎に同じような手術をしなければいけなくなるということを話していた。
ファミレスで「手術繰り返さなきゃ生き延びられねー身体になっちゃった」と、いつも気丈な彼がしょんぼりした顔で語っていた。
そうして、2010年の2月、彼は自ら命を絶った。

自殺の予兆はあったと思う。
彼は自殺の数ヶ月前から急に部屋を片付けだしていた。
片付けてたらいらない服が出てきたからと、僕に高いブランドのジーンズをくれた。
妙にすっきりした表情をしていたのだが、理由を問うと「仕事が落ち着いてきたから」のようなことを言ってはぐらかされたような気がする。

自殺の原因はわからない。
手術を繰り返さなければ延命ができない自分の身体に嫌気が差したのか、毎日続く頭痛の苦しさに耐えきれなくなってしまったのか、それは誰にもわからない。

葬式に出られなかったせいもあるかと思うが、僕の心の中では彼の死は完結していない。
今でも新宿駅の東口に行けば、彼が僕を待っていてくれているような気がしてしまう。
ある日突然、電話がかかってきて、「今度のコラム記事なんだけどさ」と仕事を振ってきてくれるような気がしてしまう。
彼が死んでから何度も墓参りに行った。
だけれども、遺体と対面したわけではないし、最後に会ったとき「大学合格したら、お祝いにバーに連れてってやるよ」と言ってくれたし、仕事を任せてくれるとも話した。
やはり、受け入れられない。

彼の遺書は死を仄めかすような内容や、懺悔のようなものが書かれているわけではない。
僕が真面目過ぎて物事を真正面から捉えてしまい、ノックダウンされやすい性格であるということを軽く詰り、「俺も昔はそうだった」と体験談がいくつか交えて書いてあり、「君の個性なんだから、それを大事に生きること。ノックダウンされた数だけ強くなれる」というような励ましが書かれ、「説教臭くなってごめん」と、茶化した感じで終わっている。

彼は僕の書く文章が好きだと言ってくれた。
SNSに書く友人向けのテンションが高い口語体の文章も、ブログに書く背伸びをした大人っぽく見せようと必死な文章も、暑中見舞いに書く短い季節のあいさつも、すべて「リズムがいい。引き込まれる」と褒めてくれた。
最初はあまりにも褒められるのでお世辞にもほどがあるだろうと感じていたが、一緒に仕事をしたいと現実的な提案を出されたときに、今まで褒められていたのに受け流していた自分を少しだけ恥じた。

彼は生前、ライティングの仕事だけではなく、小説を書きたいとも話していた。
プロットを聞かせてくれたが、彼はその小説を書き上げることはできたのだろうか。
原稿が誰かの手に渡っていたりしないだろうか。
彼の書いた文章を読みたい。
あの日聞かせてくれたプロットが、どう文章化されているのか見たい。

もし書き上げていないのだとしたら、もしかしたらそのプロットで小説を僕に書けと言っていたのだろうか。
思い上がりかもしれないが、そう感じてしまう。
彼のことをもっと知るべきだった。
彼ともっと話すべきだった。

虐待をテーマにしたあのプロットは、僕の中で何度も反芻されている。

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by innocentl | 2015-07-31 12:50 | 日常 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2015-08-01 10:34 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by innocentl at 2015-08-09 14:36
今度行こうね。


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